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【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)⑳

 信二郎が門の扉に手をかける。固く閉ざされた扉は、いかなる侵入者も拒否しようとふさぎ込んでいるように見える。しかし、信二郎がポケットからキーケースを取り出し、その中から選んだ鍵を鍵穴に入れ軽く回すと、門はすぐさま服従したかのようにゆっくりと開き、王の帰還を受け入れたようだった。

 芝生を真っ二つに割るように敷かれた石畳を通り、住居に向かう。庭の植物は明らかに人の手が入念に入れられ、確かな場所に確かな種類の植物が植えられていた。外からは広さや大きさばかりが目立ったが、信二郎の家は実際にもかなり広かった。けれど決して成金主義の派手な家ではなく、瀟洒という言葉が似合う、落ち着いた雰囲気の家だった。

 信二郎とナナミは談笑を続けながら進み、カズマサもその後を追う。あと数メートルというところで信二郎が立ち止まり、カズマサの方を見た。何かを言いかけたが向き直り、再び歩き出した。カズマサが不思議だったのは庭に入ってからナナミが妙にそわそわしていることだった。周囲をキョロキョロ大きな瞳で見ているし、その姿自体がぎこちない。

「どうしたの?なにかいつもと違うの?」
「え、何言ってんの?私、中に入るの初めてだし」
意外な答えが返ってきて、カズマサは二人の関係がさらに掴めなくなってくる。

 信二郎はドアの前に立つと、再びポケットからキーケースを取り出し、鍵を鍵穴に差し込んだ。冷ややかな音がうっすらと周囲に響いた。信二郎はドアを開き、右手で押さえると、逆の手で中へどうぞ、という仕草をした。指示に従い二人は家の中へ足を踏み入れた。二人を何より驚かせたのは、部屋の広さでも、豪華な家具や装飾品ではなく、目の前に立つ美しい女性だった。

「おかえりなさい。チャイム鳴らしてくれれば開けたのに。あら、珍しいわね、お客様ですか?」
何かの塊のように硬くなっているカズマサとナナミを尻目に、信二郎はそうだということを示すために頷いた。隣で目を丸くしているナナミの姿を見ただけで、彼女もこのことを知らなかったことはカズマサにも容易にわかった。
「ちょっとした手違いでね」
「あら、近頃来客なんてなかったもの、嬉しいわ。しかもこんな可愛らしいカップル」
「いえ、違います、カップルじゃないです、あ、あのお邪魔します。わ、私ナナミって言います、信二郎さんとはよくNiNe Recordsで…」
即座の否定に打撃を受けたカズマサだったが、悟られないようにしつつ後に続いた。
「僕はカズマサって言います、森野カズマサです」
「信二郎さんにこんな若いお友達がいるなんてしらなかったわ、この人、自分のこと全然話さないから」
信二郎は彼女の言葉に全く反応せず、靴を脱いでいた。
「あら、ごめんなさい、こんな所で。どうぞ上がってください。お茶でもいかが?」

 カズマサより長い付き合いであろうナナミは、衝撃が治まらない様子で、目をぱちくりさせながらも身体が動かないようだった。信二郎にこんな素敵なパートナーがいるなどとは露ほども想像していなかったのだろう。女性は真っ白のシャツに茶色のチノパンという飾り気のないスタイル。化粧はナチュラルメイクといってよい。ツヤのある長い髪を後ろにまとめ、耳にシルバーのイヤリングをしている。一言で言えば感じが良い。そしてその感じの良さは嫌味がなく、自然に身につけたものであることまでも想像できた。

「とても素敵な奥様ですね」                     カズマサは恐る恐る言葉を発した。信二郎はその問には答えなかったが代わりに「さぁ、上がってくれ」と静かなトーンで言った。
その場に固まって動けずにいたナナミが、魔法を解かれたお姫様のように身体を不器用に動かし、靴を脱いだ。

 ワックスが良くかけられた床、優しい光が射し込む大きな窓、主張が強すぎずそれでいて存在感のある家具や照明。さり気なく飾られた花瓶にはアネモネとガーベラが挿してある。それはとても品のある挿し方で、それでいてさりげなさもあった。

 リビングに案内された二人を再び女性が出迎える。          「さぁ、ソファにでもお掛けになって。今飲み物をお出ししますわ。紅茶で良いかしら、それともコーヒーが良いですか」
信二郎はぶっきらぼうにコーヒーとだけ言い、二人もそれに従った。

 リビングは自然の色合いを活かしたシンプルながらも上品な家具が置かれている。恐らく信二郎ではなく女性の趣味であろう。小綺麗でありながらほどほどの生活感もある、戸建住宅や家具のカタログにでも出てきそうな雰囲気の部屋になっている。けれど、唯一そのカタログ写真に相応しくないものが部屋には存在した。一面の壁全てを使って備え付けられているレコードラックである。

 広いリビングの一面がレコード棚になっていた。ゆうに2、3千枚はあるだろう。いや、それでは足りないかもしれない。天井いっぱいまであるラックは正方形に区切られ、その全てにぎっしりとレコードが入れられている。ヘタをするとNine Recordsより数が多いかもしれない。カズマサはもちろんナナミもその光景に圧倒されていた。信二郎はソファに深く座り、立ちすくんでいる二人を黙ってじっと見つめていた。上の棚数段はハシゴを使わなければ届かないようで、それ専用の移動式のハシゴも備え付けられていた。

「どうぞお座りになって、お二人さん」
コーヒーカップ三つをトレイに載せ、戻ってきた女性は、ソファの前のテーブルにカップをおろし、慣れた手つきで砂糖とミルクを入れた。その慣れた手つきから、それは信二郎のもので、毎回その量や個数が決められている様子がありありとわかった。その際にナナミが左手薬指の指輪に気が付く。横にいるカズマサもどうやら気がついたようで、二人で小さく目配せしあった。これで推測ではあるけれど、彼女ではなく奥様だということが判明した。(続く)

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