見出し画像

【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #70

僕はドレラの言葉に少し照れながらも、彼女への感謝の気持ちを再確認した。駅に近づくにつれ家路を目指す人々とすれ違う回数が増える。その時僕は、突然、7月の暑さや、湿気、言わば夏を感じとった。

「ドレラ、これからもよろしくお願いします」と僕は再度確認するように言った。

「なんで畏まってるの。ふふ。はい、かしこまりました。ビギーが安心して過ごせるように、私も精一杯協力いたします」

駅に着くと同時に、駅員のアナウンスが聞こえ、電車がホームに入ってくる音が響いた。ドレラは少し慌てて「電車、来たみたいだね」と言い、改札の奥の見えない電車の方向を見た。僕も頷いて返し、改札に向かって歩を進め、自動改札を通った。彼女もぎりぎりまでついてきてくれて、改札の前で立ち止まった。

改札越しに「じゃあ、また明日ね」とドレラが言うと、僕は微笑みながら手を振った。
「うん、また明日。気をつけて帰ってね」

電車は到着し、すでに乗客を飲み込み始めているのが見えたので、小走りで向かい、電車に乗り込んだ。一人になると、少し寂しさが込み上げてきたが、また明日会えるだろうという期待感でそれを消そうとした。混雑する車内で僕は今日の出来事を思い返していた。ビギーのこと、ドレラとの会話。そしてこれからの計画に思いを馳せる。母親と妹(の毒舌)を思い浮かべながら。ビギーを迎える準備をしっかりと進めなければ。まずは説得だが、妹がいつものように毒舌を吐き、母親が笑いながらそれを軽く受け流す光景が目に浮かぶ。

家に着き、玄関のドアを開けた瞬間に、二人の存在に気づく。夕食をとっているか、寛いでいるかだろう。靴を脱ぎ、リビングを通り過ぎようとすると、キッチンから母親が顔を出し、「おかえり。すぐに食事ができるから下りてきて」と、穏やかな声で言った。

「ただいま」を言うタイミングを逃したが、「うん」とだけ返した。
洗面所に行き、手を洗い嗽をして、鏡に映る自分を見る。見事に平凡な高校生だと、自分でも思う。ドレラと並んで歩く姿は周りの人にどう見えているのだろう、いやそもそもドレラに僕の姿はどう見えているのだろう。鏡に映る姿のままだとしたら(というかそうに決まってるのだが)…自分自身に大した特別なところがあるわけでもないし、取り立てて目立つ存在でもない。ドレラと一緒にいるとき、彼女はどんな風に僕を見ているのだろうか。特別なものとして見られているわけではないだろうけれど、せめて頼れる存在でありたいと願う。

まあ、今はそんなこと考えても仕方ない。軽く頭を振って気持ちを切り替える。洗面所を出て、自室で着替えを済ませ、リビングに戻ると、ちょうど母親がテーブルに夕食を並べ終わったところだった。妹はソファに寝転がり、スマホを見ている。彼女はちらりと僕に目をやったが、すぐに視線をスマホに戻した。けれどその後で、「遅かったじゃん、何してたの?」と問いかけてきた。問いかけてくるということは、機嫌が良い証拠でもある。ある意味チャンスかもしれない。
「いや、ちょっと用事があってね」
「ふうん」
心の中で準備を整え、ダイニングテーブルの椅子に腰を下ろす。これから話す内容を頭の中で駆け巡らす。リビングに響く時計の秒針の音が、いつもより大きく聞こえる。緊張が高まってきた。しかし、今はこのタイミングを逃すわけにはいかない。母親が夕食の準備を終えて席に着くのを待ち、話を切り出す。

「母さん、ちょっと話があるんだけど」と、落ち着いた声で言うと、母親がこちらを見た。
「何?食べ終わってからじゃだめ?」
「食べる前に聞いて欲しいんだ」
母親は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑んで「どうしたの?」と答えた。妹もいつもなら「何、何?大事な話でもあるの?」とからかいながら言ってくるところだが、様子の違う僕を察して、口を挟んでこなかった。

「友達がね、しばらくの間、鳥を預かってほしいって言ってきてさ…その鳥を、この家で…」と、少し緊張しながら説明する。

母親は驚きとともに興味深そうに耳を傾けながら「どんな鳥?」と尋ねてきた。

「キバタンっていう種類のオウムで、名前はビギー。友達が飼ってるんだけど、ちょっと事情があって一時的に預かって欲しいって」と答えると、母親は少し考えるような顔をした。

「結構大きいんだけど、性格はおとなしくて、すごく可愛いんだ」と、できるだけ親しみやすく説明する。

妹が「なんでそんな鳥を預かることになったの?」と突っ込んでくる。

「その…キバタンは友達の弟が飼ってるんだけど、友達は、ドレラっていう女の子なんだ。最近知り合ったんだけど、彼女はちょっと複雑な家庭環境にあるみたいで、しばらくの間、家を空けなきゃいけないことがあるんだ。それで、彼女の弟が飼っているビギーをどうしても預かってほしいって頼まれたんだ。」

全部が嘘ではないが、真実でもない話を僕は二人に向けて話した。

母と妹が驚きの表情でお互いを見合った。

「そ、それって…」

(続く)








サポートお願いします。全力でクリエイター活動に邁進します。