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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット#48.1

話の途中でキミオ君が戻ってきて、僕らの前に水を置いてくれた。同時に店員のおばちゃんが注文を取りに来た。

「私、ラーメン大盛り」
「僕は、チャーハン。普通で」
「えっと、僕もラーメン普通で」

注文を伝え終わると、突然おばちゃんが僕らに話をしてきた。

「ちょっとあんたたち、こんな可愛らしい女の子が大盛りなのに、なに二人して。ホントは次回に使えるサービス券だけど、今日使っていいから大盛りにしなさい」

そういうと胸ポケットからサービス券を取り出し、テーブルに置いて、男子二人が半ば強制的に大盛りにされた。

「ほんと、最近の男は駄目ねぇ」
「ですよねぇ」
ドレラはおばちゃんと二人で楽しそうに笑った。対照的に僕とキミオ君は苦笑いするしかなかった。おばちゃんは厨房に向かい、僕らの注文を料理人に告げた。

「部活はどう?順調?」

「まぁ、別に問題ないよ。ただ、ちょっと物足りないかな」

「1年生なんだから仕方ないんじゃない?」

「いや、そうじゃなくて、なんていうか本気度が足りないというか、みんな剣に殺気が感じられないんだ」

「そりゃそうでしょ、本気で斬り合うわけじゃないんだから」

「それはわかってるけど…」

キミオ君は技術的か精神的か、その両方か、いずれにしてももっとストイックに部活を、剣道をやりたいようだった。

「剣道が好きなんだね、キミオ君は」

「好きというか、やるからには真剣に取り組みたいだけです」

「先輩とかに生意気にもっとちゃんとやりましょう、とか言ってないでしょうね?」

「言ってな…くもない…かな」

「ちょっと、部活で浮いちゃわないでよ」

「わかってるよ」

姉と弟のやり取りが続き、僕はそれを微笑ましく眺めていた。言い争ってはいるものの、自分と妹とのそれとは少し違うような気がする。お互いがお互いを思いやっているというか、愛情が感じられるからなのかもしれない。それとも、僕ら兄妹も、周りからみたら少しはそんな風に見えるのだろうか。

少ししてから、おばちゃんが僕らの頼んだメニューを持って現れた。手際よく、順番に注文の品を置いていく。

「お待ちどうさま、いっぱい食べてもりもり元気になりなさいよ。食べないと、彼女にフラれちゃうよ」

僕に向けての言葉なのか、キミオ君になのか、はたまた二人に言ったのかはわからない。僕が何も言い返せず黙っていると、

「はい、たくさん食べて、姉を守ります」

キミオ君がテーブルをひっくり返さんばかりの勢いで、そう答えた。

「あら、二人は姉弟なの、素敵な弟さんだこと。お姉さん、これなら安心ね」

「はい、私、か弱いので、しっかり守ってもらいます」

二人はまたケラケラと笑い合った。おばちゃんは僕にも何か言いかけたけれど、離れた席から注文を呼ぶ声がして、僕らのテーブルから離れていった。

なんとなくだけど、僕は凹んでいた。周りから見たら、二人は姉弟というよりお似合いのカップルに見えるだろう。だから、傍から見たらお似合いなのはドレラとキミオ君に違いないと思う。なんだか僕はひどく場違いな気がして、ここから逃げ出したくなっていた。

「さぁ、食べましょう」

僕とキミオ君がレンゲと箸を持つ前に、なおかつ、いただきますを言い終わったかどうかもわからないくらいのタイミングでドレラはもう食べ始めていた。

「姉さん、あんまり早食いしすぎると、太るよ」

「え、そうなの?」

「うん、たぶん間違いない」

「うそ、でも、お腹空いてるから仕方ない、おいしいんだもん」

一瞬僕のほうを見た気がしたけれど、ドレラはすぐにラーメンを啜り始めた。

数分でドレラはスープまで完全に飲み干し、満足かつ満腹そうな顔をしていた。キミオ君も大盛りを難なく平らげ、僕も最後は苦しかったけれど、食べ終えた。僕が落ち着くのを見計らって、キミオ君が言った。

「ちょっと聴かせてもらえませんか?」

何のことを言っているのかはすぐに察しがついた。ビギーの歌のことだ。僕はスマートフォンを取り出し、ミキモト君からもらった動画を開き、渡した。

キミオ君は動画を見ずに、スマートフォンを耳に当て、音楽だけを聴いた。店内の喧騒とチープなBGMが邪魔にならないよう、目を閉じ、その音楽に集中した。聴き終わるとお礼を言い、慎重かつ丁寧にスマートフォンを僕に返却してくれた。そのあとで、温厚で礼儀正しいキミオ君から出た言葉は、意外なものだった。

「あんまり好きじゃないな」

そう言ったときの彼の顔は、嫌悪しているというよりも、ほんの一瞬だったけれど、少し悲しそうに見えた。

「そ、そう」

僕が戸惑っていると、その横で様子を伺っていたドレラが口を開いた。

「普段ほとんど音楽聴かないくせに」

「聴かないからって好き嫌いはあると思うけど」

「そ、それじゃあ」

「あ、いやいや、心配なさらずに。僕の好みは関係ないですし、ちゃんとやりますよ、安心してください」

そう言って爽やかな笑顔を僕に向けた。わからないけれど、なんだか僕はとても不安になった。僕はなにか間違った選択をしてしまったのかもしれない。

僕らはそれぞれの勘定を支払い(二人はなにやら揉めていたけれど、結局キミオ君が払っていた)、店を出た。辺りはすっかり暗くなっていて、街灯や店の看板、車のヘッドライトなどが、僕らを出迎え照らしてくれていた。

(続く)


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