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【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)㊸

「あのさ、さっきの歌の方はどう思った?いや、どう感じた・・の方が正しいのかな」

「うん、あっという間の出来事だったけど、私たちは確かに彼のいる場所で彼の歌を聴いたんだと思う。月の綺麗な海辺で」

ナナミは慎重に言葉を選びつつ、はっきりと確信に満ちた口調で続ける。

「一瞬も逃しちゃいけないと思って、目も耳も、身体全てで受け止めようとした。どこにでもありそうで、どこにもない声。耳からじゃなくて、内側から聴こえてくるような気がした」

「うん」

「でも、片一方で、私たち二人が作り出した幻みたいなものだったのかな?とも思う。だって、ヴェルヴェッツの曲なんて・・・ねぇ、カズマサ君、もう一回テープを・・・」

ナナミを静止するかのようにカズマサは力強く首を横に振る。

「いや、今は止めておこう。なんだかそんな気がするんだ。僕たち二人はあの場所で一緒に、あの歌を聴いた。それだけでいい。僕も同じように感じた。その気持ちを大切にしたい。テープの中身がどうこうより、同じ音を聴き、同じ景色を見れた。彼はそこにいて、きっと僕たちに向かって歌っていた。僕たちだけに歌ってくれた。他の誰も信じてくれなくてもナナミがそうだって思ってくれてればいい」

「うん」

ナナミがそっとカズマサに近づき、カズマサの肩に頭を載せる。

「うん。一緒に聴いたよ」

二人は目を閉じ、再び唇を重ねた。

「あ、今、私のことナナミって呼び捨てにした!ていうか初めて名前で呼ばれた気がする!!キスしたからってもう彼氏気取りなわけ?」

「え!あ、いや、ち、違います!ごめん!ナナミ、さん」

「ふふ、冗談よ、これからもちゃんとナナミって呼んで」

「うん、わ、わかったよ、ナ、ナナミ」

 カズマサは、そこから先のことはほとんど覚えていなかった。その後どんな話をしたのか、どうやって帰ってきたのかすら覚えていない。自分は何を言ったのだろう、ナナミはどんなことを話したのだろう、そしてどんな反応をしていたのだろう、何も思い出せない。気がつくと自分のベットの上で朝を迎えていた。もしかしたら、昨日の出来事自体が夢だったのではないか?混乱している。そして思う、今ここで見ている世界が自分の空想で、現実の世界は昨日の夜の海辺なんじゃないか、と。ただ、だとしたならばテープも、そしてナナミも自分が作り出した架空の存在になってしまう。それは困る。カズマサは自分の考えを否定し、やはり今ここにいる世界が現実に違いないと思い直した。

 そして彼女に思いを馳せる。意志の強さを感じさせる眉、純粋さと幼さを残す大きな瞳。反対につややかで大人びて見える唇。やわらかな髪はとても良い香りがした。何もかもが愛おしい、そんな風に思うこと自体が、カズマサには初めての経験だった。彼女の唇の感触を思い出してみる。そう、その感触こそが、こに世界が現実であることの何より拠り所に思えた。

 ふぅ、とカズマサは大きく息を吐いた、なんだかんだで結局何もわからずじまいだ。テープのこともあの人のことも。机の上のアラーム時計に目をやると、5時55分。いつもの起床時間よりかなり早い。カズマサは枕元にあるスマホに手を伸ばす。帰ってくるなりそのまま寝てしまったようで、充電が切れる寸前になっていた。顔のそばに近づけ、画面を覗き込むと、メール受信の知らせが表示されていた。ナナミからだった。カズマサは即座に起き上がり、部屋の電気を点け、スマホを操作する。

 件名:ナナミだよ!
本文:今日は楽しかったよ、ありがと。「アフター・アワーズ」の入ってるアルバム忘れないでよね!あと、次会う約束とか、今日のこととかフツーそっちからするものだと思うけど!?

 最後には怒っている顔文字までついていた。カズマサは目の前が真っ暗になった。昨日のことが現実であることはこのメールでわかった。それは本当に良かった。けれど、後半の部分は経験のないカズマサにはどうして良いかもわからなかったし、そもそも眠ってしまっていたので返事ができるはずもなかった。受信時刻を確認すると、夜中の0時だった。カズマサは今すぐにでも返すべきか悩んだ。再びベットに横になり、枕に顔を埋める。じっと悩んでいるうちに、気がつくと再び眠りに落ちていた。

 結局カズマサはいつもの時間に目覚めた。というより母親に叩き起こされた。母は夕食も食べないでとか、洋服のまま寝ないでとか、電気が点けっぱなしだとか、あらゆることでカズマサを口撃した。それをカズマサは聞こえないふりで受け流し、朝食を食べ、顔を洗い、学校に向かった。着くまでの間、ヴェルヴェッツの『Ⅲ』を聴きたかったが、生憎プレーヤーに入れていなかったので、気分に合いそうなものを選んだ。MEWの『ミュー・アンド・ザ・グラス・ハンデッド・カイツ』だ。たぶんジャケットの色が近いからだろう。安易なチョイスにカズマサは自分で笑ってしまった。(続く)


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