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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #37.0

その店は予想していたよりも遥かに大きく、広々としていた。こんなに大きなペットショップに来た記憶が自分にはなかったが、そもそもペットを飼ったこともなく、ペットショップ自体に来た記憶が僕にはなかった。

僕らはミキモト君を先頭に歩を進めた。自動ドアが開くと、中から独特な獣の匂いがしてきた。ドレラは辺りを見回し「ナイン・レコーズ」の時と同じくらい目を輝かせ、今にも飛び出していきそうな勢いだった。

「じゃあ僕はちょっと店の人に挨拶してくるんで、適当に見ていてください」
「うん、わかった。行こ、キネン君」
正直言うと、僕はペットショップが苦手かもしれない。店に入ってすぐにそんなことを思った。動物が嫌いだとか、匂いが苦手とかそういうことじゃない。動物が値札を付けられて売られていることが、なんとなく受け止められないのだ。そのことをドレラに悟られないように気をつけた。

「ねぇ、見て見て、かわいい」

ドレラが指差す先には、小さなロングコートチワワが、物欲しそうな表情で、ガラス面に手を付けて、飛び跳ねていた。

「ねぇ、あっちに猫のコーナーもあるよ、行ってみよ」

まるで、デートじゃないか。もしかしたらペットショップも悪くないかもしれない。しばらく僕らは犬や猫たちを見て回った。彼女は動物たちに夢中だったが、僕はどちらかというと無邪気にはしゃぐドレラから目が離せなくなっていた。

飛び跳ねるように移動するドレラだったが、突然立ち止り、動かなくなった。いや、固まってしまったといった方が正しい。急いで近づくと、ドレラの前には大きな鳥かごが置かれていた。

ドレラの様子が先程とは全く違う。何かを恐れているような強張った表情に変わっていた。

「ど、どうしたの?」

「み、見て」

「鳥かご?」

「な、なか」

「中?」

「うん」

そういってドレラは籠の中を指さした。その手は少し震えているように見える。

「インコ?あ、キバタンだ、ビギーと同じやつ」

「違う…」

「え、ビギーもキバタンでしょ」

「そうじゃない」

「え?どういうこと?よくわかんないよ」

「この子…間違いない…ビギーだよ」

「え?」

「だから…ビギー本人、本物のビギー…」

僕はまだ状況が理解できず、恐る恐る、鳥かごの中を確認した。そこにはキバタンが一羽、おとなしく立っていた。「立っていた」という表現が合っているのかもわからないけれど、その姿はむしろ堂々としていて威厳のようなものを感じさせた。しかし僕にはこれがビギーかどうか判別できなかった。動画で何度も見たけれど、いかんせんキバタンを見た数も少ない、というかビギーしか見たことがないと言っていいくらいだし、実際のキバタンを見るのは人生初だった。

「ほんとにビギー、なの?」

「うん、間違いない」

もちろんドレラを疑うわけじゃないが、同意できる要素も見当たらない。

「そうだ、動画で見比べてみれば…」

彼女もさらなる確信が欲しかったのか、すぐに同意した。僕はスマートフォンを取り出し、動画サイトを開いた。焦りと動揺で、操作がままならない。手も震える。なんとかビギーの動画がみれるところまで進み、すぐに再生ボタンをタップした。以前見たこともある、歌を歌っている動画だ。スマートフォンを鳥籠の前に持っていき、自分とドレラが見れる位置に掲げて比べられるようにした。動画が再生されるのを待つ。固唾を飲むというのは多分こういう時に使うのだろう、まさに僕らはその状態だった。いよいよ動画は再生され、僕らは画面と鳥籠を交互にそして注意深く見守った。

「キネン君はどう思う?」

「ごめん、正直わかんない。全く同じには見えるけど、そもそも個体差とか情報がなさすぎて。でも、ドレラはそう思うんだよね?」

「うん、間違いなくビギーだよ。でも確かな証拠が私にもないな…。どうしよう、そうだ、この子にイギー見せたら何か反応するかな?」

「ちょっと待ってて」

僕はすぐにイギーの動画を探した。今度はスムーズに指が動いてイギーが歌う姿をすぐに流せた。僕は恐る恐る、さっきとは画面を逆に向けたスマートフォンを鳥籠に近づけ、ビギー(仮)に見せた。そもそもどこを見てるのか、本当に見えてるのかわからないキバタンだったが、首を傾げながらも画面を覗いているようには見えた。

「見てる…のかな?」

ドレラは返事の代わりに人差し指を唇に近づけ、僕を制した。それから数秒後だった、ビギーは画面から流れるイギーの歌に合わせて歌いだした。
それはとても小さく儚げな歌声だったけど、確かにイギーと一緒に歌っていた。そしてそれが僕にはなぜか、悲しみを湛えた歌声に思えてならなかった。

「これは、うん、間違いない…ね」

気が付くと彼女はうっすらと涙を浮かべ、僕の左腕の袖を掴み、大きく頷いていた。彼女を安心させたいが、現実も見なければならない。なぜここにビギー(本物)がいるのか見当もつかないが、このビギー(本物)をなんとかここから助け出さなければならない。だが、助けるといっても、ここは何も悪の組織とかではない、ごく一般的なペットショップである。つまり最も簡単かつ唯一とも言える方法は彼を購入することにほかならなかった。僕はそっと、ビギーの価格を確認した。

「42万…」

思わず声に出してしまい、僕は即座に後悔した。それは彼女を現実世界に戻すことになってしまった。

(続く)


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