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【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)㊿

 家の中に入り、玄関で靴を脱いでいると、母親がリビングから顔だけ出して覗いている。

「あら、おかえりなさい。何やら外でお話中だったみたいだけど。うちに上がってもらったらよかったのに」

 明らかなわざとらしさでカズマサを出迎える。カズマサは聞こえないふりをしつつ問いかけた。

「あのさ、父さんはいつ帰ってくる?」
「明日の夕方には帰ってくるわよ、なんで?」
「もう少しで答えがみつかりそうなんだ」

「答え・・・?」

 それ以上母は何も言わなかった。カズマサもそれ以上は聞かず、部屋に戻った。いつものようにベッドに腰をおろす。そしてザ・フーのポスターに目をやる。
「30歳以上は信じるな・・・か。あれ、そう言ったのはピート・タウンゼントだっけ、ディランだっけ」

 独り言すら曖昧な自分自身に呆れつつ、その後は特に変わりなく過ごした。夕飯もいつもとなにも変わらない、いつもの時間に二人で取った。

「コーヒーでも飲む?」
普段は自分だけ飲んでいるコーヒーを、母が珍しく勧める。

「もらうよ」

 砂糖はたっぷりよね、と少し馬鹿にした口調で聞いてきたが、平静を装い、「少なめで」とだけカズマサは答えた。いつもより苦いコーヒーをすすりながらいると、同じカップを手にした母が前に座った。

「質問してもいいかしら」
「嫌だといってもするでしょ?」
「あら、よくわかってるじゃない」
「じゃあ初めから聞かないでよ」
「親しき仲にもなんとやらでしょうよ、野暮ね」

 口ではこの人には敵わない、こうなると観念するしかなかった。母親の話はあちこち飛んだが、結局聞きたいことは二つだった。一つは、外でお楽しみのようでしたけど、あれは誰か。こちらは保護者としての何たらとかではなく、ただの興味本位のよう。実にカズマサの母親らしい質問だった。
 そしてもう一つはテープと坂口さんのことについて。こちらは母親もやはり気になっているようで、珍しく真剣な表情で訊ねてきた。そんな母親に少したじろいだ様子のカズマサだったが、隠し立てするようなことは何もなく(むしろナナミとのキスをカズマサは隠し通した)、ナナミと信二郎との出会い(これにより一つ目の質問もクリアできた)、ライブハウスのことなどを話した。

母親は終始無言で話を聞いた、そして最後まで何も言わなかった。やはり父親に聞けということなのだろうかとカズマサは考える。だからこそ最後に「明日、親父と話したいんだけど?」と母親に確認した。

「うん。明日時間取ってもらうように伝えとくわ」
「わかった、ありがとう」

 翌日、始まりはいつもと変わらない朝だった。母親の作る朝食を食べ、準備をし学校へ行った。当たり前だが、学校も変わった様子はない。いつものように授業が始まり、いつものように教師が話し始めた。いつもと変わることのない日常がそこにある。そこには昂揚することもなければ落胆もない。
カズマサは窓の外を眺める。雲が思いの外早く流れていた。あの面倒な親父に面と向かって話すのは、何年ぶりだろうか。父子らしい会話など何年もしていない。いやむしろ「父子らしい会話」といものが何なのかすら解らない。もちろん全く話さないわけではなかったが、あくまで必要最低限、事務的といってもよいくらいの会話しか二人は交わしたことがなかった。

 カズマサは、改めて考えてみても、父親と坂口との繋がりを想像できずにいた。どこかで接点はあったのかもしれない、いや、あったのだろう。けれどあの男と坂口の人生が重なり合う瞬間など想像もつかなかった。そんなことを考えているうちに授業も昼休みも終わり、気がつけば放課後を迎えていた。帰り支度をしていると、スマートフォンにメールが届いていることを知らせるランプが点滅していた。ナナミからだった。

件名:ナナミだよ!
本文:昨日は突然ゴメン。その後どうなったのか気になってメールしました。

 少しだけ気持ちが軽くなる。メールを開き、返信する。

件名:カズマサです
本文:こちらこそ昨日はありがとう、会えてすごく嬉しかった。今日親父と話すつもり。結果がわかったらすぐメールするよ。

 送信を押し。教室を出た。帰りの道は少し雨が降り始めていた。さっきの雲の速さはそのせいだったのかもしれない。傘が必要なほどではなかったので、カズマサは気にせず、少しだけ小走りで駅まで向かった。イヤホンから流れている音楽は、U2『オール・ザット・ユー・キャント・リーヴ・ビハインド』。気持ちを押してくれるような気がした。

 家に戻ると、すでに父親は帰ってきていて、母と楽しそうに、そしてもちろん大声で談笑していた。カズマサは緊張というよりも不快感が全身を駆け巡り、汗が滲んできた。

「あら、おかえりなさい」母親が声をかける。

カズマサは返事をしない。階段を登ろうとすると、リビングのドアから母親が顔を出す。

「お父さん、話聞いてくれるって。少ししたら降りてきなさいよ」

「わかった」

 カズマサは絞りだすように、一言だけ発した。

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