【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #19.0
そう言って僕は、この馬鹿げたツイートを削除した。僕らがイギーに会える可能性は限りなくゼロから、完全なるゼロに戻ってしまった。僕が救われたのは彼女が怒ったり落ち込んだりしなかったことだ。ただ、そのせいで彼女がどこまで本気なのか推し量ることができなくなってしまった。僕はからかわれているのだろうか。でもからかうにしても家まで来たりしないよな(もしそうなら相当悪質だけど)。隣で相変わらず無邪気にパソコンの画面を覗き込んでる彼女と、その画面の中のビギーの誘拐の記事が、どこまでも現実離れしている気がして、僕は頭がクラクラしてきた。
「ビギーはどんな人が誘拐したんだろう?」
僕は興味本位でドレラに尋ねてみた。
「そもそもイギーのペットだから誘拐したのか、ビギーが高価なオウムだから誘拐されたのか、どっちなのかな、書いてある?」
なんとなくの読解を彼女に伝える。
「うん、たぶんだけど、記事を読む限りでは動機は不明って書いてある。どっちなのかまだわかってないんじゃないかな」
「そうなんだ。どちらにせよ許せない、ビギーを誘拐するなんて」
いやいや、あなたもやろうとしてたんだけど、とは言えない。
「ただ高額なペットの盗難とか誘拐自体がアメリカで増えてるみたい。事件の詳細はまだわかってない、警察は捜査を継続中みたいなことが書いてある・・・はず」
「誘拐されちゃったペットはどうなっちゃうのかな?」
「それはやっぱり、売買されちゃうんじゃないかな。ただ毛皮とか象牙とかの類じゃないから、殺されてどうこうではないと思うけど」
突然ドレラの表情が曇る。急にリアルに感じられたのかもしれない。
「どっちにせよ可哀相だよ。ビギーも今辛い目にあってるのかな」
「なんていっていいかわからないけど、まだ酷い目にあってはいないと思う。いや誘拐自体が酷い話だけれど、悪者にとってはまだ大事な「商品」のはずだから、大事にされてるというか、貴重品を扱うみたいな感じだと思う」
自分では精一杯の慰めのつもりだったが、目を潤ませたドレラに響いたのかはわからない。ドレラはテーブルに両腕を置き、そこに頭を乗せて突っ伏してしまった。
「ビギーがかわいそうだよ・・・」
「大丈夫だよ、きっとイギーがなんとかしてくれるよ、親友のビギーのために」
特に反応はない。もしかしたら泣いているのかもしれない。慰めたり勇気づけたりしたかったが、目の前で女の子に泣かれたことなど、妹以外では経験したことがないので、どうしていいかわからない。僕にはその一言が限界だった。
「お腹すいた・・・」
「え?」
「お腹すいた・・・、朝からなにも食べてない」
「え?」
彼女の声に呼応するかのように、お腹の方から低く小さな音が聞こえてきた。どうやら恥ずかしかったようで、お腹のあたりを押さえ、円を描くようにさすっている。
「そうだ、昨日母と妹が食べてた、シュークリームが残ってるはず、食べる?」
返事はなかったが、彼女は小さく頷く。
「ちょっと待ってて」
僕は階段を駆け下り、キッチンに直行する。冷蔵庫を開け確認すると、さっきは気にも留めなかったけれど、確かにあった。運良く一つだけシュークリームは残されていた。果たしてこれが僕のために残されていたものか定かではなかったが(なんとなくだけれど違う気はしている)、彼女を空腹から救い出してあげることが今の僕の使命なのだから、救いの神ならぬ救いの菓子だ。もし二人に咎められたとしてもそのときは甘んじて受け入れようと思う。
すぐに彼女のもとにシュークリームを届けるため階段を駆け上がる。部屋に入ると彼女はすでに顔を起こしパソコンの画面を見ていた。
「ねぇ、見て見て」
シュークリームを差し出すと、少しだけ恥ずかしそうに受け取り、ありがとと言って、嬉しそうに袋を開け頬張った。促されるまま隣に座り、画面を見ると、そこにはスタジオで歌うイギーが映し出されていた。
「あ、それ昨日僕も見たよ。歳を重ねたイギーもカッコいいね」
シューからはみ出したクリームを舌で舐めながら、嬉しそうに頷くドレラ。しばしの鑑賞タイム。僕はテーブルの飲み物を飲みながら、画面でなくドレラの横顔をそっと見ていた。自分でも大げさだと思うけど、彼女がそこにいることが不思議でならなかったし、信じられなかった。イギーという存在があるからこその繋がりではあるけれど、彼女が僕に少なからず良い印象を持ち、一緒にいてくれている。そのことが嬉しかった。イギーに感謝せねばならない。キューブリックに感謝したり、イギーに感謝したり我ながら忙しい。次は誰に感謝することになるのだろう。
「ねぇ、ちょっと外に行かない?」
映像を見て満足していたはずの彼女がそう言った。
「外?別にいいけど」
「やった、じゃ、用意して」
「お腹すいてたんじゃ・・・?」
「シュークリームで復活した、ありがと。おいしかった」
「そう、良かった。うん、じゃあ片付けるから待ってて」
「外で待ってる」
そう言うと彼女は立ち上がり、ごちそうさまと言った。僕はパソコンを閉じ、テーブルの上を片付けた。彼女が部屋を出て、階下に向かった後、制服を脱ぎ、着替えた。ゴミを捨てグラスを片し、外に出ると、彼女は門の段差に腰を下ろしていた。
「お待たせ。どこに行くの?」
「公園に連れていって」
「公園?どこでもいいの?」
「うん、近くのでいいよ」
(続く)
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