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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #35.0

ドレラは嘘をつくのが下手なのかもしれない。僕が事情を知ってるからとは言え、顔に出てしまっているのがはっきりわかる。ドレラはきっと、いや、絶対に親に聞かないだろう。いや、聞けないといった方が正しい。でもイギーが家にあったというのだから、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを知っていたっておかしくないし、アンディ・ウォーホルにちなんでいたとしても驚くことではないのかもしれない。

「じゃあ、一週間以内に取りに来な。それ以降は店頭に出しちゃうから、気をつけて。イギー、意外と人気あるんだぜ、この店じゃ」

念を押しながら、店員はレコードをレジ横の棚に入れた。これで僕ら、というかドレラは一週間の猶予を得た。ほかに欲しいものがあればそれも取り置きしてくれると店員は言ったが、僕らは丁寧に遠慮して、店を出た。

辺りはすでに暗闇に包まれ、街頭の灯りが通りを照らしていた。人影はなかったが、家の灯りや夕食の匂いが、姿は見えないけれど人の温もりのような気配を感じさせた。

「帰ろっか」「そうだね、ちょっと遅くなっちゃったね」

人気のない通りを僕等は駅に向かって戻り始めた。少し歩いたあとでドレラが突然謝ってきた。

「ごめんね」

「何が?」

「せっかく付いてきてもらったのに、お金持ってないなんて、馬鹿みたい」

「全然。謝らなくていいよ。ド、ドレラとレコードショップに来れて嬉しかったよ」

「ほんと?」

「ほんとだよ、なんか良い感じの店だったしね」

「ありがと」

本当はデートできて良かった、くらいは言いたかったのだけれど、僕にはこれが限界だった。ただ、一つだけ勇気を出して伝えることにした。

「えっとさ、あのレコード取りに行く時、また一緒に行っていい?」

「うん、もちろん、一緒に取りにいこ」

次の約束ができて、たまらなく嬉しくなる。

「バイトしよっかな。そうすれば欲しいレコードたくさん買えるのになぁ」

「うちの学校ってバイトオーケーだったっけ。でもミキモト君がやってるくらいだから大丈夫そうだね」

「一緒にバイトしよっか?」

彼女の言葉にいちいちドキドキしてしまう。ドレラと一緒にバイトできるなら、バイト代いらないかも。いや、嘘です、少しは欲しい。

駅に到着すると、そわそわしている僕を気遣って、ドレラが先に言葉を発した。

「送ってくれなくて大丈夫だよ、キネン君。まだそんなに遅くないし、明るい所通って帰るから」

僕は正解がわからず、返す言葉も見つからなかった。そしておそらく引きつったおかしな顔をしていたんじゃないかと思う。それでもドレラは優しく微笑んで「また明日学校でね、バイバイ」と言ってくれた。そんなあまり上等ではない別れの挨拶をした後、僕らは別々のホームに向かい、僕は自宅に向かう側のホームに降りた。

どちらのホームにも電車は到着しておらず、しばらく待つ羽目になった。電車を待つ列に並び、僕は反対のホームにいるであろうドレラを探した。ドレラも同じことをしていたようで、列の横から顔を出して僕のことを探していた。そして僕を見つけるとすぐに小さく手を振ってきた。僕は照れながら小さく手を振り返した。すると僕らの密かなやりとりを遮るかのように電車が、しかもどちらのホームにも、進入してきて、お互いの姿を隠した。

僕はすぐに電車に乗り込み、混雑した車内をかき分けて窓のそばに近づいた。けれど反対側の車両はもっと混んでいて、すし詰め状態のその中にドレラの姿を確認することはできなかった。ドレラの心配をするとともに、満員電車に飲まれる彼女の姿をうまく想像できなかった。

自宅に戻ると、母親と妹が夕食を取っていた。
「遅いじゃない、どうしたの、デート?」
「そんなわけないじゃん、兄貴が」
「あら、そんなのわからないじゃない、ねぇ?」
「だって学校で女子と話してるとこ見たことないもん」

相変わらず憎たらしいが、今日の僕は一味違うぜ、なんてことは言うわけもなく、二人を無視した。

「手洗ったら、夕飯食べなさい。後で食べられると洗い物が面倒なのよ」

僕は返事をせず、手を上げて合図をした。

「なに格好つけてんのよ、バカみたい」
ドレラに今すぐ妹に関しての訂正の連絡をしたくなった。手洗いや嗽をした後、自分の部屋に戻り、ラフな格好に着替えてからリビングに戻ると、テーブルに二人はいなかった。母は洗い物を、妹はソファに寝転がり、アイスを食べながらテレビを見ていた。僕は席に着き、夕飯に手を付け始めた。

「どうして遅かったの?」

改めて母親が聞いてきた。
「いや、友達の買い物に付き合ってた」
「あら、珍しいわね」
「まぁね」
「えー、遊びに行く友達なんていないじゃーん」
TVに夢中になっていたはずの妹が、画面から顔を全く動かさずに口を挟んできた。
「そんなことないし」
「あるし」
「横になったまま食ってると太るぞ」
「うるさい」

TVの中では、若い男性アイドルグループが、一糸乱れぬダンスを披露していた。僕にとっては髪の色くらいでしか違いを判別できないのだが、おそらくかなりの人気グループなのだろう。確か妹が好きなグループでもあったはずだ、確かめる気など毛頭ないけれど。アイドルを好きな中学生と、イギー・ポップが好きな女子高生だったらどっちがまともに見えるかと言えば、きっと前者なのだろうな、そんな気がした。

(続く)





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