見出し画像

【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #6.01

彼女は構うことなく続ける。

「まず、イギーは今どこにいるのかしら?」

そんなのわかるわけないよ、と言いかけたが、すんでのところで飲み込んだ。乗りかかった船なのかどうかすらわからないけれど、なるべく付き合おうと思う。だから、しばし考えてみる。彼はいまだ現役のミュージシャンだ。

「そ、そうだなぁ、ツアー中かどうかでかなり違うと思うんだけど」

「そっか、そうだよね、どうすればそれがわかる?」

やる気は十分だが、自分ではあまり考えないタイプようだ。僕はといえば、何かを考えたり計画したりするのは意外と苦ではなかったりする。

「まぁ、僕らの武器はこのスマホしかないだろうね。ネットを調べるしかないけど、英語は僕全然だよ・・」

「うん、私も」

彼女の名前や容姿から外国の血も入ってるのではないかと予想していたが、自信満々で答える彼女を見ると、その可能性は低いのかもしれない(でも、英語ができるできないはそれとは関係ないかもしれない)。僕は検索窓に入力を始めた。

「イギーはI,G,G,Yで、ポップはP,O,Pだよね」

「そう」

検索ボタンをタップする。
即座に「IGGY POP」についての結果がヒットする。ゆうに3000万件を超える結果が出て、その上位の記事が画面に並ぶ。さすがというか、予想どおりというか。
ありふれた高校生のありふれたスマートフォンはありふれた結果しか示さない。しかもそのほとんどがウィキペディアやレコード会社を始めとした基本的な日本語の記事だ。

「なんていうか、ごく当たり前のやつしかないよ」

「ちょっと、しっかりしてよ」

「そんなこと言われても」

「設定とかで英語にできたりするでしょ」

「そりゃそうだろうけど」

確かにきっとそういう設定はあるだろし、もっと詳細な検索もできるだろう。けれど、見ている人間が英語力がないに等しい場合、どんな有益な情報だったとしてもそれは意味をなさないのではないだろうか。翻訳機能も同じことが言えた。

「よく見てよ」

理不尽に不機嫌を募らせ、どうしても情報が得たい彼女は僕を急かす。けれども急かしたところで、僕にはどうしようもない。

いくらか下にスクロールしたら、彼のフェイスブックがあった。当たり前だが、彼個人のものではなく、レコード会社とかそんなところがやっているオフィシャルなやつだろう。僕は試しにタップしてみた。

そこには彼の動画や、リリース情報などが並んでいた。
中には彼自身の姿を写す画像や動画もある。僕の知ってる彼は若くワイルドな姿で動き回る男だったが、今の彼は老人といっても差し支えない年齢で、
ワイルドさは保ちつつも哀愁や寂しさのようなものを滲ませていた。もちろん有名人だって年を取る、そんな当たり前のことを気づかせてくれた。彼女は、今のイギー・ポップに会いたいと言っているのだろうか。

投稿や動画という欄に加えて、Live showやEventという項目がある。
彼がツアーをし、ショウを行っていればいる国や場所がわかるかもしれない。わかったところでどうなるわけでもないけれど、目の前で可愛らしく膨れている女の子を納得させるためにはやるしかない(もっと言うと僕は彼女を喜ばせたいという気持ちも、正直ある。いや大いに、ある)。

イベントの欄には近日開催予定のものが掲載されていた。どうやら彼は現在ショウを行っているようだった。本文はもちろん英語だったが、フェイスブックの仕様部分は日本語で書かれていたので、僕にも多少は理解できたのだ。

「ねぇ、見て、彼の居場所がわかったよ」

「え、うそ!!!」

今まで見たことのないはしゃぎようで、僕からスマホを取り上げた。

「どれ?、どこ?」
焦りながら、テーブルに置いたスマホを右手の人差し指でスクロールさせる。

「イベントのところ。そんな焦んなくても彼はいなくならないよ」

スマホを夢中で覗き込む彼女に僕の声は届いていないようだった。前かがみでスマホを覗き込む彼女の白いワイシャツの胸元から白い下着が少しだけ見えた。僕は見てはいけないものを見てしまったような気がして、思わず顔をそむけた。

隣のテーブルにはお母さんと二人の子供が座っていて、並んで座っている子供たちは二人の間に置かれた大きなパフェを二人で分け合い、美味しそうに頬張っていた。無邪気な彼らを見てさらに罪悪感のようなものが増す。

「あ、これ?」

ようやく僕の存在を再認識した彼女が低い姿勢のままスマホの画面を指差し訊ねてきた。

「そう、その6月27日から29日ってとこ」

今日は6月28日。時差とかあるからよくわかんないけど、たぶんそこにいるでしょ」

イギーは今の期間主にフェスに参加しているようで、ちょうど今ノルウェーのトロンハイムというところにいて、3日間の日程で行われる「Trondheim Rocks」という2万人規模のフェスに出ているようなのだ。
いや、ノルウェーがどこにあってトロンハイムがどんな街か一切わからないけれど。
もっと言えばフェスがどんなものなのかも僕はほとんど知らなかった。ためしにノルウェーのフェスで歌うイギーの姿を想像してみたけれど、僕の貧相な想像力ではうまくいかなかった。

インターネットの便利さを思わず実感した僕だったが、それ以上に目の前の彼女の感心感動具合に驚いた。本当にイギーのことが好きらしい。そして彼女は、尊敬の眼差しというものを具現化したらまさにこれだろうという目で僕のことを見ていた。彼女が喜んでくれて素直に嬉しいし、おかげで先程勝手に感じていた罪の意識もなんとなく薄れた。でも・・

「水を差すようで悪いんだけど、わかったところで、どうするの?」

「それを考えるんじゃない、何を言ってるのキネン君」

(続く) 

サポートお願いします。全力でクリエイター活動に邁進します。