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【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)㊱

「う、嘘だ。始めて聞いたよ、そんな話」

「だって初めて話すもの」

「しかもいつも大声で歌ってるのは、その辺のヒットソングじゃないか」

「あはは。自分のこと考えてみなさいよ、鼻歌で「マイ・ジェネレイション」とか「ハートに火をつけて」歌わないでしょ?」

「そ、そりゃそうだけど」

 カズマサは頭がクラクラした。母親の口からザ・フーやドアーズの曲名がスラスラと出てくることに。しかも自分の部屋に飾ってあるレコードからわざと選んでるときてるのも憎らしかった。母親はむしろこんな日が来るのを待ち望んでいたかのように楽しそうにしていた。

「と、父さんはどうなの」

「だから言ったじゃない、喧嘩したって。でも処分するのを反対したのは最初父さんだったの。私が処分するって言ったら、「君の大事なものを処分するなんてできない」って。でもいつの間にか、私が反対、父さんは処分するって入れ替わってしまって。最後は二人で決めたんだけどね、生まれてくる子供の方が大事だって」

「父さんも似たような音楽聴いてたの?」

「ううん、父さんはあまり興味なかったわ。ただ、私が悲しそうにするものだから、処分しなくていい、お金なんかなくても困らない、いや俺が稼ぐから少し待っててくれって、素敵でしょ、ね、素敵でしょ」

「なんで途中で逆転したの?」

「なんでだっけなぁ、忘れちゃった」

  カズマサはどこかほっとしていた。父親まで自分の好きな音楽を聴いていたなんてことになったらアイデンティティが崩壊してしまいそうだった。

 「とにかくナインレコーズには二人でよく行ったわ。といっても父さんは近くのコーヒーショップが目的で、そこで待っててもらってたんだけど。そこのコーヒーが凄く美味しくて、店の雰囲気も良くてさ、二人のお気に入りだったの。私がレコードを見てる間、父さんはそのコーヒーショップで本を読んで待つ。私がレコードを買って店に向かい、二人で本やレコードについて語り合う。ケーキも美味しかったなあ。良い思い出。」

 今の二人からは到底想像できなかったが、真実なのだろう。母親は昔を懐かしむように遠い目をして微笑み、悦に入っている。カズマサには驚きしかなかったが、同時にあのことを聞くなら今しかないとも感じていた。そして仄かな期待も湧き上がる。この母親ならば、何か知っているのではないかと。

「あの、さ。レコードは処分したんでしょ。他に何も家には残さなかったの?」

「他?パソコンだとかそういうものは無かったし、何も残してないかなあ」

テーブルの上のサラダを口に運びながら母親は答える。

「そう。母さんは自分で音楽とかやってたの?」

「珍しいのう、カズマサ君や、この母に興味を持つとは」

「うるさいな、ちょっとだけ興味出たんだよ、音楽が絡んで」

「そうかそうか。やってないわよ、やってない。楽器も一度チャレンジしてみたんだけどね、さっぱり向いてなかったわ」

「ボーカルとかは?」

「そうねぇ、やってみたい気持ちはちょっとはあったかな。バンドとか格好良いじゃない。でも一度もやったことないわね」

「父さんももちろんないよね?」

「ははは、ないない。」

 カズマサは少しほっとした。ただでさえ衝撃を受け続けているのに、これで父親がバンドやってましたなんてことになったら卒倒してしまいそうだった。

「質問攻めですなぁ、カズマサ殿」

 わざとらしい言い方でカズマサをからかう母。心なしか嬉しそうでもある。そんな母の反応を気になどせず、カズマサは本題に入る。

「いいだろ、別に。で、さ。ここからが本当に聞きたいことなんだけどさ」

「いいわよ。特別大サーヴィスで何でも答えてあげましょう」

「カセットテープなんだ。ほら、これ」

実物を見せたほうが話が早いと思い、カズマサはポケットからテープを取り出し、テーブルの上に置いた。そして母親の顔色を窺う、僅かな表情の変化も見逃さないつもりで。けれど、母親に変化は無かった。兆しのようなものすら見当たらなかった。

「それがなんなの?」

「見覚えない?」

「見たことはあるわよ、市販のカセットテープでしょ。それがどうしたの?」

 カズマサは躊躇した。果たして母親は本当に何も知らないのか。嘘をついているようにも白を切っているようにも見えない。そもそもカズマサが知る限り、そのようなことをするタイプの人間でもなかった。

「家にカセットテープはあった?」

「そりゃあったわよ。昔はどの家にもあったんじゃない?CDもテープに録音する時代があったし、ラジオを録ったりもしてたのよ」

カズマサは不意を突かれた。そうか、ラジオの録音という可能性もあるのか。しかしラジオのノイズとは違っていたし、DJの声などもないし、可能性は薄いだろうと思い直した。そして、いずれにせよ母親から答えを貰うしかない。カズマサは意を決して、母親に問う。

「知ってるよ。うん、そう、実は、このテープは、僕の机の中に入っていたんだ」(続く)








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