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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #26.0

そしてミキモト君は、僕が座るのを確認するとそれを合図のように話を始めた。

「単刀直入にいうと、浅野さんがヘンなんです」
「うん、知ってる」
「いや、そうじゃなくて。見てしまったんです、僕」
「何を?」
「浅野さんのことを」
「いや近所だから見るでしょそりゃ。帰るわ、お疲れさま」
「待って待って。本当なんです、最後まで話を聞いて」

必死に懇願する姿を見ると、冗談を言っているわけではないらしい。そもそもそういうキャラでもなさそうだし。僕は少し浮かせた身体をベンチに再び降ろした。

「浅野さんが僕の家の近くに引っ越してきたのが5月です」
「転校生だからね。それは知ってる」
「通りを挟んだ家の二件隣の一軒家です。引っ越しの挨拶に来たかどうかはわかんないですが、とにかく引っ越してきました。弟さんたちも含めてこの学校に転校してきたわけですから、朝の登校時とかも姿を見るわけです」
「まぁ、近所ならそうだろうね」

僕が先程知り合った弟二人のことまで知っている。つい、手すりに置く手に力が入ってしまった。

「はい。でも挨拶したりとかはないです。さっきの星野君と同じように、向こうは僕のことを認識していないようです。あ、向こうというのはドレラさんも弟さんたちもどちらもです」

意外と気にしてるのか、影が薄いことを。僕は何も返答せず続きを待った。

「僕の部屋は通りに面しているので、部屋からも通りや向かいの家の様子が見えるんです。なので時には出掛けたりする浅野さんの家族を見かけることもあります」

僕の会ったことのないドレラの両親。ドレラの記憶についてどう思っているんだろうか。いや、今はそれを考える時じゃない。

「別に浅野さんがかわいいからってストーカーみたいなことしてるわけじゃないですよ、断っておきますけど」
「いや、思ってないから。続けてよ」
「失礼しました。引っ越してきてから二週間ほど経った頃です。夜遅くに部屋から浅野さんの姿が見えました。確か0時を回るか回らないかくらいでした、断っておきますけど、僕は勉強してたんです、たまたま外を見たらってことです。ずっと覗いてたわけじゃない」
「うん、いや、そこはいいから」
「家の前は街灯が並んでるので、そんなに暗いわけじゃないんですけど、その日は月の明かりもなくて、妙に暗かったのを覚えています。といってもこの日の出来事があったからこその話なんですけど」

なんだかもったいぶってる気もしたが、僕は辛抱強く待った。

「薄暗くて彼女が何をしているのかはわからなかったんですが、彼女がそこにいることははっきりわかったんです。彼女だとはっきり認識できたんです。なんでかわかりますか?」
「彼女の家の前だからでしょ」
「違います。彼女の親でも弟でも、他のだれでもなく、はっきり彼女だとわかったんです」

彼は周囲を見回し、勿体ぶるように、一呼吸置いて、言った。
「彼女が光っていたんです。発光と言えばいいんでしょうか。うっすらと身体全体が光っていたんです」
「光の反射とかじゃなくて?」
「いや、僕も最初そう思いました、自動車のライトに照らされてるとか、街頭の灯りが変な角度で入ってるのだとか。でも違うんです、彼女自身が光を帯びてるみたいに光っていたんです、そこにいる間ずっと」
「なんていうか、君が寝ぼけてたとかは?」
そうくると思ってましたよ、とでも言いたげな顔で僕を見て、彼は言った。
「私もすぐにそう思いました。夢を見てるんだろうと。ベタに頬をつねりましたよ。その馬鹿げた行為を認識して、逆に現実だと理解しました」

僕はミキモト君の顔を見た。そこに嘘の要素は見つけることができなかった。いきなり信じるというのも難しいけれど、こんな話を初対面の人間にするメリットはどう考えてもない。冗談にしても面白くない。そして心のどこかにドレラの秘密があり、それと結びつけたくなる自分もいた。

「信じてもらえますか?」
「いや、信じるも何も、嘘にしては面白くないし、騙すにしても話す相手を間違ってる気がする。だから、嘘じゃないというより、その裏返しみたいな感じ」

偽らざる気持ちだ。彼は僕の答えを吟味して、さらに話を続ける決意をしたようだった。

「実は、もう一度同じことがあったんです」
「二度目?」
「はい。先週です。一度目は正直自分でも疑心暗鬼で、夢だったのかもしれないと言い聞かせて、誰にも言わずにいました。信じてもらえないでしょうし。だから二度目に遭遇してなかったら、自分の中で片付けて胸にしまっておいたかもしれません。でも二度目があったんです。だから今こうして話しているわけです」

グラウンドでは陸上部が、ラインに沿ってハードルを準備していた。いったい彼(と彼女)らはどこでハードルと出会い、ハードラーになる決意をしたのだろう。

「そして、今度はスマホで動画を撮影しました。一回目はそれどころじゃなくて呆けてただけでしたが、今回は少し冷静でした」
「え、マジ?じゃあ映ってるの、ドレラが?」

彼はゆっくりと俯いた。そしてその後すぐに首を左右に振った。

「はい、撮れてはいました。けれどその映像はただの夜の住宅街でした。そこにいたはずの彼女が映ってなかったんです。わけがわかりませんでしたよ。僕のスマホ、わりと新しめで、夜でも綺麗に写るやつなんですよ。でも、映ってなかった。いや、家とかそのまわりのものは綺麗に撮れていました。でもそこにいたはずのドレラさんだけが映っていないんです。一回目よりも自分を疑いましたよ、夢なのかって。けれど動画自体は残っているんです。星野君、見ます?」

(続く)

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