ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)②(加筆修正版)

 カズマサは左手を制服のズボンのポケットに入れた。そこには、あのカセットテープがある。ポケットの中で感触を確かめる。うっすらと熱を帯びているような気がする。もちろんそれはカズマサの気のせいに違いないのだが、プラスチックの塊から不思議と温もりを感じた。

 カズマサは片手で器用にケースからテープを取り出してみた。周りに気づかれないよう慎重に。見事に成功すると、今度はテープだけをしっかりと左の手で握りしめてみた。カセットテープがカズマサ自身に聞こえるか聞こえないかの小さな音を立てた。一体この中には何が入っているのだろう。音楽ではない可能性ももちろんあったが、カズマサはなぜかそこには「音」が入っている気がしてならなかった。

 終了のチャイムが鳴る。周りの生徒は、昼食の準備を始める。かばんから弁当を取り出す者。学食に我先にと飛び出す男子生徒数名。コンビニの袋からパンとパックの飲み物を取り出す女子生徒。それぞれがそれぞれの時間と場所で昼を過ごそうと準備を始めていた。

 カズマサはポケットからカセットテープを取り出し、机の上に置いた。どちらの面にも、タイトルなどを書き込むスペースがあるのだが、何も書かれていない。ケースにも紙のインデックスシートのようなものが付いていたが、真っ白なままだ。けれど、たった一つ、背表紙に手書きの文字が書かれていた。昨日から何度も見返してきたその背表紙に目を向けると、そこには昨日と変わらず、決して美しいとはいえない文字で乱暴に「96/02/21」とだけ書かれていた。日付だろうか、何かの数量だろうか。カズマサは昨日から考えていた。96年2月21日?生まれてもいない。スマートフォンで日付や、数字を検索してみたが、目ぼしいものは出てこなかった。

 テープを再生するしかないよな、そんなことを考えながら、諦めてパンでも買いにいこうかと立ち上がった瞬間、背後から勢い良く声がした。
「何それ?」
「カセットテープ」
 カズマサは、背後からの声の主にぶっきらぼうに答えた。1年生の時から同じクラスの多田は、人当たりがよく男女問わず誰とでも話ができる男で、クラスで唯一カズマサに気さくに話かけてくる男でもあった。
「初めて見た。ちゃちいなー。」
「お前、聴いたことある?カセットテープ」
「いや、ないかも。昭和の世界だろ?」
「だよな」
「再生できるのとかお前持ってる?」
「小さい頃家にあった気がするけど、今はねぇなー」
「だよな」
と、突然、多田が机の上のカセットテープを掴み取り、右手に掲げながら、大声で叫んだ。
「この中に、カセットテープ再生できる人―?」
 数人が多田の右手にあるテープにちらと目をやったが、手を挙げる者はいなかった。女子生徒の一人が「カセットテープ」って何?と多田に聞き返す始末だった。
「ほら、これ。これを再生するの。ラジカセとか?」
「ああ、おじいちゃんちにあるー」
質問してきた女子の隣に座っていた子が答える。
「まじ?今も使える?」
「わかんないー。てゆーかおじいちゃんち滋賀県だしー。」
「遠いわ」
多田が笑いながら返す。それで終わりだった。注目はすぐに失われ、皆もとの場所、動き、会話に戻っていった。しかし多田だけは諦めていない様子で、
「いや、待てよ、学校にあるんじゃないか」
「確かに」
一瞬思案した後、二人は同時に閃き、同時に言った。
「放送室だ」

 多田がクラスの放送部の男子に話を聴くと、やはり部室にはカセットテープを再生する装置(放送部員がそういう言い方をした)があるらしかった。行動力のある多田がさっそく動き出す。しかし物事はそううまくはいかないもので、ここからがかなり面倒だった。二人はまず放送室に入るのに苦労した。放送室を使っているのは当然だが放送部の連中で、他のクラブ同様に顧問の先生がいた。その顧問にテープを聴きたいので、放送室を借りたい旨を伝えると、あからさまに嫌な顔をされた。多田が咄嗟に、予備校の講師の授業テープを親戚に借りたが、生憎家には再生できるものがなく、さらに困ったことに、今日中にテープを返却しなければならないというデタラメをでっち上げ、渋々ながら「46分テープか。じゃあ片付け鍵閉め込みで1時間だけ」という許可をなんとか取り付けた。鍵を取りに行き二人に渡すまで三回「特別だぞ」と念を押してきた。ものわかりの良さを装うのは得意な多田がそこでも「わかりました、ありがとうございます」とご丁寧に返していた。彼のそういう部分をカズマサは自分にはないものとして羨ましくすら思っていた。その後も顧問からの放送室に関しての諸注意がいくつかあり、それも多田が注意深く聞き、頷き、愛想良く対応してくれた。(続く)


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