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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #36.0

夕飯を済ませ、部屋に戻り、パソコンを起動する。ビギーの動向を探るためだ。日本の音楽系のサイトに情報がポツポツと上がってはいたが、僕が知る以上のことはなかったし、海外サイトも調べてみたが、見る限りでは変わりなさそうだった。

僕は探索を諦め、動画サイトに行き今度はイギーを検索した。
さっきドレラが欲しがっていたレコード『ポスト・ポップ・デ ィプレッション』について知りたかったからだ。調べたらたくさんの情報が出てきた。

ジャケットにイギーと写っていた三人は、当たり前だけどこのアルバムの演奏メンバーで、中でも最も背が高くガタイの良い男性が、イギーの相棒のような存在らしかった。彼は自身でもバンドをやっていて、そのバンドもかなり有名なようだった。名前はクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジといった。石器時代の女王?なんて素敵な名前だろう。

僕は石器時代の女王を想像した。毛皮で作った衣服、草で編んだ靴。彼女に従うものはシンプル極まりない格好をしている。基本的には彼女も同じものを着ている。しかし彼女が他の者と決定的に異なるのは、身につけているアクセサリーだ。首飾り、イヤリング。鈍く輝く黄金色のそれらは怪しい光を放ちながら彼女とともに揺れる。そして頭上に置かれる冠。それは彼女と周りの人間との違いを具現化したような代物で、それ自体に意味があるのではなく、彼女の頭上に置かれていることに意味があるのだ。女王は女王らしく振る舞い、従うものは従うものとしての正しい振る舞いを行う。いつの時代でも与えるものと与えられるものは表裏一体なのだ。

ドレラはクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジのことは知っているのだろうか。今度聞いてみよう。一つでも彼女と話す話題があるのは嬉しいことだ。

翌日も僕らは一緒に帰った。もちろん途中合流の形を取って。はやく弟たちを気にせず行動できるようにしたいが、僕のほうから切り出すことはできずにいた。

「じゃあ、あした10時に集合ね」
彼女はそういって階段を駆け上がり、昨日と同じように向かいのホームに消えていった。そう、明日はミキモト君との約束の日だ。

翌日、おそらく高揚していたのだろう、僕はうまく眠ることができないまま朝を迎えてしまった。妹に見つかるとまた絡んできそうだったので、静かに行動し、時間に余裕を持って家を出た。

約束の時間より少し早く到着したのだが、すでにミキモト君は自宅の前に立ち、僕らを待ち構えていた。ただ、ドレラはまだ来ていないようだった。ドレラの家の方を見たが、まだ姿はなかった。本当は家の前まで行きたかったが、できなかった。

「おはようございます。浅野さんはまだ来てないです」
「おはよう、ミキモト君。今日はよろしく頼むよ」

そうは言ったものの、本心は違った。ミキモト君がいないと始まらないイベントだったけれど、正直な気持ちを言えばドレラと二人でいたかった。そうこうしてるうちにドレラもひょっこりと現れた。気づかないうちに僕らの前に立っていた。Tシャツにジーンズというカジュアルな装いだ。綺麗な黒髪とTシャツの色が良くマッチしている。その黒地のTシャツにはBLACK SABBATHというロゴとSABOTAGEと書かれたアルバムジャケットだろうか?そのアートワークが描かれていた。
(これも気になり後になって調べたのだけれど、ボーカルのオジー・オズボーンは大昔ステージで生きた鳩を食いちぎったことがあるという逸話があった。ドレラはそのこと知っているのだろうか?)

「おはよ、キネン君、ミキモト君」
「おはようございます。これで揃いましたね、では行きましょうか、ここから歩いて10分くらいです」
前は7、8分て言っていた気がするが、まぁいいか。歩きながらミキモト君が話し出す。

「浅野さんは、どうしてこの街に引っ越してきたんですか?」
突然ミキモト君が切り出した。彼は軽い気持ちで聞いたのだろうけど、僕は少し緊張した。
「うん、お父さんの仕事の都合みたい。詳しいことはわからない」
「前はどこにいたんですか?」

そう言えば聞いたことがなかった。記憶がないと言えども記録はあるし、両親や弟たちからの情報はあるだろう。ドレラが暗い気持ちにならないか心配ではあるけれど、その答えも知りたかった。

「前は静岡県に住んでた。富士山がとても良く見える場所。自然が多くて空気がきれいだったな」

嘘でもなんでもなくて、おそらく真実だろう。けれど、ドレラ自身は覚えていない、家族から聞いた話なのだろう。さすがにこれ以上はミキモト君に追及させないようにしたい。

「やっぱり都会の空気は汚いんですか?」

「都会?この街が?」

思わず口を挟んでしまった。あまりの焦りっぷりにドレラが笑う。

「うん、他の街のことはわからないけど、ここはあんまり都会って感じはしないよね。でもここも良いところだと思う。この街も好きだよ」

僕の方を見ながら、少し照れたように答える。僕は力強く頷いてみせた。ミキモト君の質問はここで終わり、いつものように自分語りが始まった。僕は、そしておそらくドレラも、あんまり話を聞かずに歩くことに集中した。いくつかの角を曲がり、進むと、目的のペットショップに到着した。

(続く)

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