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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #12.0

僕らは無愛想で無気力そうな女性店員に支払いをして(もちろんワリカンだ、良かった)、店を出た。

辺りは暗くなり始めていて、駅に向かう僕らとは逆に自転車や徒歩で家路を急ぐ人たちの姿がちらほらと確認できた。並んで歩きながら、犬や鳥や魚の話以外で何を話せばいいのか悩んでいた。こういう時どうしたらいいのか僕にはわからない。

彼女の横顔をちらりと見てみたが、何も読み取れない。そもそも僕は他人の感情を読み取るのが苦手なんだと思う。喜怒哀楽のわりとはっきりした彼女のことすらわからないわけだし、他の人なんて尚更だ。だから僕は普段他人と関わるのを躊躇してしまう。孤独を愛してるとかそんなバカみたいな話ではないし、普通に人と接することはできる(また「普通」って言ってしまった、僕の口癖なのかもしれない)けど、深く関わることを躊躇してしまう。だから家族にもドライな人間だと思われているみたいだし、学校なんかじゃそういう人間として見られていて、深く関わる、いわば仲の良い友だち、親友っていうのは一人もいなかったりする。だからってそれを嘆いているわけでもなく、わりと客観的に分析している感じだ。それが駄目なのかもしれないけど。

「ねぇ、キネン君て家族いるの」
余計なことを考えているうちに彼女の方から話しかけてきた。

「家族?うん、4人家族で妹が一人いるよ。犬や猫は飼ってない、魚も」

「そうなんだ。妹さんはいくつ?」

「えっと、中2だから・・たぶん14歳かな」

「仲は良い?」

「どうかな、若干ナメられている気がするし、向こうは思春期真っ只中だからね。一応気を使って生活しているつもりなんだけど、やっぱり気に障るのかもしれない」

彼女が僕を見て笑う。

「キネン君も思春期真っ只中じゃないの?」

「いや、ほら他人は冷静に見れるけど、自分のことはよくわからないから。ただ自分で言うのもなんだけど反抗期らしい反抗期もなかったし、思春期っぽいのも今のところないし・・」

そこまで言ったあとで、僕は赤面した。

「思春期っぽいって何?」

「いや、その、何でもない・・・」

異性を意識するとか、恋愛感情を持つとかそんなことを言いたかったのだけれど、もしかして今まさにその瞬間なんじゃないかと自分自身で感じ取ってしまい、あたふたしてしまった。これも僕の良くない所かもしれない。

「あの、ドレラは兄弟姉妹いるの?」

恐る恐る訊ねてみた。

「秘密」

身内の話になるとドレラは普段とは違う雰囲気になる。硬い殻で自分を覆ってしまうようだ。だから僕はそれ以上は踏み込めない。

「あ、あのさ、イギーって兄弟いるのかな?」

常に頼るのはイギーしかない。

「どうだったかしら、イギーが家族について語ってるのを見たことはないわね。家は結構裕福だって何かに書いてあった気がするけど」

あっさりとした反応に拍子抜けした。彼女にとって家族というものはあまり重要なことではないのかもしれない。

そうこうしているうちに僕らは駅にたどり着いた。どうやら彼女は僕とは反対方向の電車に乗るらしく、ここで今回の旅は終わりのようだった。

「それじゃあキネン君、またね」

そう言うと彼女は駅の階段を駆け上がり、反対側のホームへ消えていった。

僕は一体何をしているんだろう、何に巻き込まれているんだろう、電車を待ちながらそんなことを考えていた。自分のことは多くを語らないけど、ちょっと強引で、魅力的で、イギー・ポップが好きな転校生。たぶん傍からみたら僕は振り回されているように見えるだろう、いや傍からみなくても多分そうだろう。でもそれは全然いやな感じではなくて、むしろ心地よかった。普段の何の変哲もない、色のない僕の普通の毎日にほんの少し彩りを与えてくれる(また使ってしまった、でももう許して欲しい、僕の口癖なんだ、認めよう)、そんな予感があった。

彼女のことをもっと知りたいと思う。さっきはドキドキしっぱなしだったけれど、これが恋愛感情によるものなのか、人と関わる時の高揚感なのかは、まだ僕にはわからなかった。ただ少なくとも(いや大いに)、彼女に好意を持っているのは事実だ。彼女がどう思っているかは・・・いや、やめよう。取り敢えず彼女と一緒にいると楽しい。そして彼女、ドレラのしたいことを手伝ってあげたい、いくらか無茶なことだったとしても。彼女自身のことはおいおい分かればいい。帰ったらまずはイギー・ポップについて調べてみよう、彼と、その音楽について。きっと動画もいっぱいあるだろう。彼女におすすめ教えてもらえばよかったな。

あ、そうか、彼女に訊けばいいんだ。連絡先を交換したじゃないか。いや、でもさっき別れたばっかりで厚かましいかな。

突然、電車のドアが閉まる音が聞こえた。いつの間にか電車は到着していて、さらに出発しようとしていた。夢中になりすぎて気が付かなかった。僕は、普通どころか残念な人間なのかもしれない。

(続く)




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