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【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮) 最終話

  手紙を読んだ翌日、カズマサはナナミと会い、信二郎さんの家に行った。そこで3人で長い時間語りあった。父との会話について、坂口さんについて。坂口のいる場所についても慎重に丁寧に、自分の思いを伝えた。信二郎のコレクションのレコードをかけながら、穏やかに時間は流れていった。美味しいケーキと紅茶をお供にミズエも会話に加わりながら。

 信二郎はカズマサの話を静かに、じっくりと聞いた。時に不思議そうに、時に満足そうに。父親と坂口の関係に関しても、一切動じることもなく、受け止めている様子だった。ナナミは豊かな感情表現をここでも披露し、時に大きな声で笑ったり、驚いたりと忙しそうだった。

 会話の終盤、信二郎が語りだした。

「あいつがあるとき言っていたよ、「芸術とは言ってみれば、魔法を操ることだ。新たな幻を作り出すことって言っても良い」と。我々は芸術の神様がいるとか、何かが降りてくるとか言いがちだけど、あいつは自分自身の力で、自分の内から出てくるものだけで音楽を作っていたんだと思う。そんな気がするんだ。とにかく不思議な男だったけど、純粋だった。純粋すぎたんだ。だから、自分のしていることがわからなくなってしまったんだろう。カズマサ君のいう「その場所」にきっとあいつはいて、満足しているんだろうと思う」

「はい、僕もそう思います」

 カズマサにはそれでもう充分だった。もうこれ以上テープについて探したり調べたりはしないことも二人に伝えた。ナナミはちょっとだけ不服そうだったけど、最後には納得してくれた。

 二人は礼を言い、信二郎の家を後にした。信二郎は何も言わず、代わりにミズエが、「よかったら、また来てね。友達のいない信ちゃんのために」と声を掛けてくれた。

 帰り道、ナナミがカズマサに確認する。

「ほんとにもういいの?」
「うん、大丈夫。テープのこともわかったし、坂口さんのこともわかったし」

 並んで歩くナナミの柔らかな髪が揺れ、時折美しい顔に掛かる。

「結局、僕自身は何も得るものはなかったのかな」

カズマサの言葉にナナミが立ち止まり、怒りの目を向ける。

「ちょっと、それ、どういう意味?」

「え、どうしたの急に」

「何も得られなかったって、あのテープがなければ、私とも出会ってなかったと思うんですけど?」

「いやいやいやいや、待ってよ待ってよ、違います、違うんです。」

 動揺したカズマサは必死の弁明を続ける。

「テ、テープがなくてもこの街には来たし、「NINe Records」は行ったし!だからそこでナナミさんにはきっと会ったと思うんです!」

狼狽えるカズマサを見てナナミは笑いを堪える。

「ふーん。やっぱり私はレコードのついでかぁ」

「そんなわけないです!一番大切な人です!」

ナナミの意地悪心に火がつく。

「じゃあさー、私とピート・タウンゼントが海で溺れてたらどっち助ける?」

「え・・・。それは・・ナナミを助けたいけど、ピートを見捨てるわけにはいかない・・音楽界全体の損失が・・」

「バカ。そういう時は嘘でも私っていうの!でも、そういうとこがカズマサ君のいいとこか。ねぇ、坂口さんは今日も歌ってるかな?」

「うん、きっとあの場所で素敵な歌を歌ってるんじゃないかな」

 ナナミはそれ以上何も聞かなかった。そして可憐な笑顔をカズマサに向けると、駆け寄って再び手を繋いだ。

「そうだ、これ。『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』持ってきたよ」

 ショップバッグに入ったレコードを手渡す。

「やった!ありがとう。そうだ、「NINe Records」行かない?」

「いいね、行こう」

 夕暮れ時の空を、一羽のカラスが先に飛び交う群れを追いかけている。口に何かを咥えているが、オレンジ色の背景に光を奪われ、それが何かは確認できない。カズマサは届くはずのないそれに手を伸ばしてみた。カラスは群れに追いつき、他のカラスに混ざりあった。

 二人の歩く速度が上がる。「NINe Records」はもうあと2、3分のところだ。

「君がドアを閉めたら、夜は永遠に続くよ
ドアを閉めたら、僕は二度とお日様を見なくてもいいね」
(ヴェルベット・アンダーグラウンド「After Hours」)

(おわり)

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