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【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)㉞

「そうね、今日はここまでにするわ、ただ私は真実にたどり着くまで諦めない」

 まるで自分に依頼がきた探偵のように答えるナナミを見て、カズマサは思わず笑う。

「何よ、カズマサ君、捜査は続行よ」

「はいはい」呆れた様子でカズマサは返す。

「突然のことで驚いているが、君に会ったのもなにかの運命かもしれない、なにかわかったらすぐに連絡してくれ。連絡先は、ナナミが知ってる」

 オーケーと、ナナミが親指を立てる。

 信二郎とミズエに丁寧に別れの挨拶をし、二人は家を後にした。別れ際ミズエは「今度は前もって連絡してね、そうすれば夕食も用意できるし」と言ってくれた。二人は恐縮しながらも是非お願いしますと返した。

 外は夕日が沈みかけていて、世界をオレンジ色に染めていた。歩く二人もオレンジ色の世界の住人になっている。

 ナナミは一言も発せず、黙って歩いている。何か考え事をしているのかと思って、カズマサは何度か表情を伺ったが、読み取ることができなかった。話しかけようと思っても、気の利いた言葉が出てこない。そして何度か顔を覗き込むうちに余計に緊張してしまっていた。そんなカズマサの思いを知ってか知らずか、ようやくナナミが口を開いた。

「ねぇ、カズマサ君のお父さんとお母さんてどんな人なの」

「え、あ、うん、そうだな、父親は元気でうるさい。ガツガツ来るタイプの人。正直苦手なんだ。で、さっきも言ったけど、いたって普通の会社員」

「そうなんだ。お母さんは?」

「うん、母もよくしゃべる人。ごく普通の主婦。ただ・・」

「ただ?」

「うん、恥ずかしいけど、マザコンとかじゃないからね、えっと、き、綺麗な人だと思う」

「へぇー。カズマサ君からは想像できないな」

「え、そう・・」

「あ、違う違うそっちじゃなくて、二人とも元気で明るい人なんでしょ?そこがカズマサ君とは・・・あ・・」

「フォローがフォローになってないよ」

「ごめんごめん。でも素敵だと思う、思春期の男の子に綺麗なんて言ってもらえる母親そうはいないわよ」

「変に受け取られるといやだから普段は言わないけど、でも本当にそう思うんだ」

 「カズマサ君のお母さんといい、ミズエさんといい、綺麗な人ばっかりでいいなぁ」

カズマサにはこの瞬間にここで彼女を喜ばせるボキャブラリーもなければ、何かを言い出す勇気も持っていなかった。

 「その綺麗なお母さんと、お父さんはどこで出会ったの?」

「わからない。聞いたことがないから」

「だよね、フツー聞かないよね男の子は。でも・・」

どうしてもカセットと結びつけたいナナミは、諦めきれない様子で続ける。

「お父さんが若い頃音楽の仕事とかに就いてたとかは?」

「無いと思う。僕が物心ついた頃には今の仕事だったし、そもそも音楽って柄じゃない」

「そんなのわかんないじゃない。カズマサ君だって、見た目と聴いてる音楽のギャップあるし」

「え?嘘・・」

「人を見かけで判断しちゃだめよ。お父さんは音楽聴くの?」

「まぁ、聴くとは思う。よく鼻歌歌ってるし。でも、なんていうか、そんな感じじゃないんだ」

「そんな感じじゃないって」ナナミはクスクス笑いだす。

「良いね「そんな感じじゃない」って。私や信二郎さんは「そんな感じ」だといいんだけど」

 ちょっとムッとしたカズマサは黙り込んだ。

「ごめんごめん、馬鹿にしてるわけじゃないの、ちょっと可笑しかったから」

 自分が気になっている女の子と一緒に歩き、しかも自分の言ったことで(本意ではないけれど)笑ってくれる。そんな事実がカズマサの心を明るくしていた。しかしその幸福な時間は終演を迎えそうになっていた。二人は駅のすぐ近くまで来ていた。コンビニエンスストアを通りすぎたあたりで、ふとカズマサが気がつく。

「そういえばナナミさんの家は、あのレコード屋の近くなんじゃなかったっけ?」

「うん、そうだよ。でも聞きたいこともあったし、まだ話足りなかったから送るつもりで一緒に来たんだよ」

「あ、ありがとう」

「それと「ナナミさん」はやめてよ、ナナミでいいよ、それと敬語も。なんかヤダ」

「え、あ、はい。いや、うん、わかった」

「うん、よろしい。じゃ、ここで。気をつけてね。それと何かわかったらメールしてね。ってアドレス交換してないじゃん」

「うん、あと信二郎さんの連絡先も・・・」

「あー!ごめーん」

ナナミは携帯をすばやく取り出し捜索を始める。

「えっと、これが信二郎さんの・・」

「いや、ナ、ナナミが僕に信二郎さんのアドレス乗っけたメール送ってくれれば一石二鳥じゃない?」

「あ、カズマサ君て天才!すごい」

「いや、ふつうわかるでしょ」

「貸して」

ナナミのケータイを受け取る。

「あ、メール開いてくれる?」

「うん、ちょっといい」

 腕が触れ合うくらい近づき、ケータイの液晶を二人で眺める。ケータイを持つカズマサの手にナナミの手が触れる。

画面を何度かタップしメールの画面に辿り着く。

「このままアドレス入力できる?」

「うん、これで大丈夫なはず」

 ケータイを二人で持つような形になったままカズマサが自分のアドレスを入力していく。

「はい、これでオッケー。ここに信二郎さんの連絡先を入れて送信して。」

「わかった、あ」

 話を終えると二人同時に手が触れ合っていることに気づく。カズマサがとっさに手を話そうとしたのでナナミは危うくケータイを落としそうになる。

「あ、ごめん!」

「もう、あぶなかったー」

 ナナミは胸を撫で下ろすと、またクスクス笑いだした。

「じゃ、後でメール送るね」

「うん、それじゃ」

カズマサは駅の自動改札を抜け、ホームへと向かう。途中二度ほど振り返ったが、ナナミは二回ともまだそこにいて、手を振ってくれた。(続く)


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