【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮) 55話
カズマサは手紙を読み終えた後に、涙がこぼれていることに気がついた。仰向けになっていたので、涙は頬を伝わらず、横に流れ、もみあげを濡らしていた。坂口の居場所がわかった。いや、正確には「ここにいない」ことがわかった。確信はないし、現実離れしているかもしれない。けれどカズマサにはわかる、いや、知っているのだ、彼のいる場所を。
父の話を聞く前から、そして手紙を読む前から、なんとなくはわかっていた。彼はもう、僕らの世界にはいないんじゃないかと。生きてるとか、死んでいるとかの話ではない。
ここに、もう、いないのだ。
テープや手紙は残された者への、彼からのせめてものお別れと、そこにいた証だったのだろう。あの日付以降、彼は信二郎や父親の前から姿を消したのだ。
カズマサは考える。彼はこの世界が嫌になったのだろうか。いやそうではない、この世界を愛していた。けれどそんな世界を自分が裏切ってしまったと感じていたのだろう。自分のしたことに罪の意識を感じていたのかもしてない。結果としてそれは他人を欺くことになり、何より自分を騙し、傷つけたのだ。だから彼は自らが去ることで自分とこの世界との決着をつけようとしたのだ。
カズマサはさらに考える。残された人はどうなるのだ。いや、それは彼だって考えたはずだ。それでも去らなければならなかったのだ。彼は振り返らなかったのだ。彼は、未来を掴もうともがいていた。自分のために未来を掴もうと、変化を受け入れようと努力した。そして集中した。その未来がいかに不透明なものであったとしても。
彼の人生は、様々な要素が絡み合い、それが集まってぎりぎりのところでバランスを保ち続けた。底知れぬ闇と、燦めくような光が保つバランスだ。
彼の中には一人の王様がいて、ただ独りで築き上げた王国がそこに存在していた。その王国では、王の力が絶対で、彼自身ですら制御不能だったのかもしれない。
カズマサは考えるのを止める。坂口のことも、父親のことも、カセットテープのことも何もかも。そしてナナミへと想いを馳せる。柔らかな唇を思い出す。
「私、歌詞カードって見ないの。だいたいこんなこと言ってるに違いない、って思ってるくらいがちょうどいい。知っちゃうとそこで物語が終わっちゃう気がして」
彼女はそう言うと優しく微笑んだ。
「ビートルズって、完璧すぎて苦手なの。凄く凄いのはわかってる。でもそこが苦手。もうちょっとスキがあって、緩いくらいが私は好き」
カズマサは反論する。
「ジョンなんてスキだらけの気がするけど」
それには答えず、ナナミは続ける。
「考えてみたら不思議じゃない?ありえないくらい才能がある人って一人で曲作っちゃうよね、それなのに一緒に曲作りって。でももう一方で、お互いの才能を認めて受け入れれば、その力は2倍3倍になるってわかっていたのか」
自問自答が続く。
「何より、仲間がいて、みんなで一緒に曲作りしたり演奏したりってことが大切で。それをよーくわかってたんだね、途中までは。聴いてくれる、待ってる仲間がいるっていいよね。だから私はバンドを聴くのが好きなのかなって、そんな風に思うんだ」
この会話を交わしたのはいつだったろうか、もしかしたら夢だったのかもしれない。それでもいい、明日ナナミに確かめてみよう。知らず知らずのうちにカズマサは眠りについていた。(続く)
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