【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #23.0
「え?」
彼の口から出た名前に僕の身体は強張った。ドレラに知り合いがいる?昨日の話だと僕が最初だと言っていた。それ以降の知り合い?いや、この街で知り合ったのは僕だけど、他の街で知り合ったかもしれない。しかも、後輩なのに呼び捨てにするぐらいだから、もしかして知り合いどころか友達以上の、彼氏とかそういうのかもしれない。知り合ったのは僕が最初かもしれないけれど、付き合ったのは彼なのかも。でも転校してきて、しかも記憶が・・・。いや、あのルックスならすぐに声を掛けられたりするか・・・。いや、でも、そんなに行動力のありそうな男に見えない、いや、人は見かけによらないか、いやドレラから積極的に・・・。確かによく見ると男前だし、ドレラとお似合いかもしれない・・・。
「僕はドレラの弟です」
数秒間彼の言ったことが理解できなかった。おとうと?弟だって?え?彼女に弟がいる?てっきり一人っ子だと思っていた。公園でも弟のことは出てこなかった。いやでも確かにいないとは言っていない。
「お、弟さん、なの?」
「はい、浅野ミキオって言います」
「え、は、はじめまして、わたくし、星野キ、キネンって言います」
「いや、急に畏まらないでください、先輩」
「え、いや、えっと」
「最近ドレラの様子がおかしいと思って、いろいろ調べてたら、あなたに辿り着いたんです」
「いや、確かに最近一緒にいることが多かったけど、別になにも・・」
「引っ越してきてから何かふさぎ込むようなことが多くて。家でも部屋に籠もってることがほとんどで。前はそんなことなかったのに」
「ちょっと待って、君は引っ越す前のドレラを知っているの?」
「何を言ってるんです?当たり前じゃないですか、姉弟なんですよ」
「あ、そ、そうだよね」
僕の足りない頭では、混乱しすぎて何を話して何を聞けばいいのかわからない。
「別にあなたとドレラのことを詮索するとかそういうんじゃないんです。ただ姉のことが気がかりで」
「そうなんだ、姉思いなんだね 君は。ただ逆に教えて欲しい、引っ越して来る前のドレラ・・いやお姉さんのことを」
「表面上は変わってないんです。知っての通り無邪気で明るい性格です。家でも家族で過ごしているときはおんなじです。でも何ていうか、様子がおかしいんです。時折思いつめたような表情をしたり、人の話を聞いてなかったり。さっき言ったように少し家族を避けてるような感じもあるし」
「ご両親は何て?」
僕は敢えて聞いてみた。
「環境の変化とか、新しい学校にまだ慣れてないとかなんとか言ってるだけです。でも・・・」
どうやら両親もドレラも記憶のことに関して弟君には何も話していないようだ。心配させないようにということだろうか。だとしたらここで僕がでしゃばるわけにはいかない。
「いや、僕は転校してきてからの彼女しか知らないけれど、無邪気で明るいのには同意するよ。そしてちょっと強引で実は天然だというのも付け加えたいかな」
「ふふ、そうなんですよね」
「やっと笑ってくれたね。笑うとお姉さんに似てる。お姉さんとはイギー・ポップっていう歌手繋がりで仲良くなった。それ以上でもそれ以下でもないよ」
それ以上になりたい気持ちは僕の中にはあるが、それを弟に言ったところでどうなるものでもない。
「イギー・ポップ?聞いたことないな、映画スターとかそういうのですか?」
「いや、ロックミュージシャンだよ」
ロックだとかパンクだとか言うとややこしくなるし、よく考えたらジョニー・デップと音は似てるなと思ったけど、それは今言うことではないと、飲み込む。
「お姉さんは家でイギーのこととか言わない?」
「いや、聞いたことないです。そもそもタレントとかミュージシャンとかに夢中になってるの見たことないですね」
イギー以外のことは前に僕が聞いたのと同じだった。ただ、年頃の女の子がイギーについて家族に話すというのもあまりないような気がするから、そこは不思議がらなくてもいいのかもしれない。
「それは僕にも言ってた。イギーは初めて好きになったとも。家族には恥ずかしくて言ってないのかもしれない。ミキオ君、僕が言ったって言わないでくれないかな?なんかドレラに、いやお姉さんに怒られそう」
再び微笑む。やっぱりドレラに似ている。
「わかりました、言いません。そのかわりドレラの様子をまた聞いたりしてもいいですか?」
「もちろん。何の問題もないよ。反対に君とのことをドレラに言ってもいいのかな?」
「はい、ドレラのことを詮索してたってことはなしで」
「わかった、約束するよ」
「ありがとうございます。星野先輩と話せてよかったです、ありがとうございます」
「いや、僕も話せてよかったよ」
ミキオ君は、丁寧なお辞儀をして、その場を去っていった。あの礼儀正しさをドレラはどこにやってしまったんだろう、後ろ姿を見ながら可笑しくなってしまった。
屋上に残された僕は、一人ドレラのことを想う。公園で、家族にも言えないことを僕に打ち明けた時、彼女は何を思っていたのだろう。泣いたり叫んだりしてくれたならばわかりやすかったかもしれない。でも彼女は淡々と事実だけを伝えるように、そのこと話した。諦めてるわけではないけれど、かといって解決もできない、そんな状況に置かれて、呆然としているのかもしれない。僕にできることは何だろう?彼女の側にいてあげることなのだろうか。
(続く)
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