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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #34.0

僕が彼女を見ている間、彼女は夢中でレコードを手繰り続けた。数秒後彼女の顔がよりいっそう明るくなった。彼女は再びレコードを僕の方へ差し出してきた。そのアルバムジャケットはイギーを含めた4人の男が立っている。モノクロで、地下駐車場のような薄暗い場所でコンクリートの壁を背にしていて、怪しげな雰囲気を醸し出している。タイトルとともに4人の名前も英字で表記されている。僕はイギー以外の3人は誰かわからなかった。タイトルは『ポスト・ポップ・ディプレッション』と書かれている。イギーの風貌からすると若い時のものではなさそうだ。
「それは?」
「うん、最近のアルバム、持ってなくて、これ探してたんだ。嬉しい」
「よかったね。レコードっていくらくらいするものなんだろう?」

僕は素直に疑問をぶつけてみた。
「そうだなぁ、ものにもよるけど、それこそ100円のもあれば万単位のものまであるよ」

「まじ?」

「あ、でも一般的には、アルバム一枚2、3千円てとこかなぁ」

「そうなんだ。で、それは?」

「えっと2千8百・・・あっ」
「どうしたの?」
「そういえば、私お金持ってない」
「え?買い物にきたのに?」

「えへへ」

「笑ってごまかさない」

なんとかしてあげたいところだけれど、もちろん僕も持っていない。クレジットを含めた他の支払い手段も持っていなかった。

「ごめん、僕も持ち合わせないよ」

「あの辛気臭い店員さんに聞いてみる、取り置きとかできないか」

僕は事情を話そうと店員に近づき、声をかけようとした。が、先に店員が口を開いた。

「こちら辛気臭い店員ですが、当店一週間の取り置きは可能です」

「え、あ、き、聞こえてました?」

「あんだけでかい声で話してたら聞こえるよ。辛気臭くて悪かったね」

「いや、ごめんなさい」

店員は黒地のTシャツにジーンズという、店員らしくない、いやこの店には似合っているといえる、ラフな格好をしていた。髪は短く刈り上げられ、細いテンプルの眼鏡を掛けている。真面目だとかオタクだとかそういった感じではなく、スタイリッシュなバンドでもやっていそうな雰囲気だ。実際辛気臭いというのは訂正すべきかもしれない。Tシャツには金髪かつ長髪の男が不吉な笑いを浮かべている姿がプリントされていた。彼のちょうど頭の上、店員の胸元の部分にはハートのロゴとともに、「Tom Petty And The Heartbreakers」と書かれていた。

「ま、いいさ。レコードについて熱く語るカップルなんて、なかなかいないし。しかもイギーのアルバムだろ、それ?」

「はい。これを取り置きしたいです」

気がつくとドレラが横にいて、真っ直ぐな眼差しで店員を見つめていた。そして賞状を受け取る姿勢みたいに上半身を傾けレコードを前に差し出した。実は僕はそんなことよりも、カップルと言われたことに反応していた。いつから会話に参加していたのかはわからないけれど、否定も肯定もしないドレラがどう思っているのか気になってたまらなかった。

「お嬢ちゃん、いい趣味してるね。彼氏は知らないみたいだけど」

「し、知ってます。ま、まだ詳しくはないけど…」

彼氏なんかじゃない、と言われると、それが真実だとわかっていても心が駄目になりそうだったので、自分から先に言葉を発した。

「そう、まぁ、なんにしても微笑ましいねぇ。とりあえず取っとくよ、このレコード、一週間な」

「ありがとうございます」

その後、差し出された紙にドレラが名前と電話番号を書き、取り置きが完了した。

「ふぅん、ドレラか、名前、珍しいね」

「はい、でも外国の血は入ってないんです」

「へぇ。名前の由来は?」

「わかんないんです、実は」

また彼女に小さな棘が刺さった。

「もしかして『ソングス・フォー・ドレラ』から取ったとかかな?」

「「ソングス・フォー・ドレラ」?誰かの曲ですか?」

「いや、アルバムだよ、ルー・リードとジョン・ケイルの。ほら、ヴェルヴェットアンダーグラウンドの二人さ」

僕らは顔を見合わせ、首を傾げた。

「あら、イギー以外は興味なしか。ほら、あそこのバナナの」

店員は壁にある大きなパネルを指差した。そこには白地のジャケットに描かれた一本のバナナがあった。

「あ、見たことあります。あれがベル・・」

「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」

ドレラも知っているようで大きく頷く。

「あのジャケットを作ったのがアンディ・ウォーホルっていうアーティストなんだけど、彼が亡くなったときにメンバーだったルーたち二人が追悼アルバムとして作ったのが『ソングス・フォー・ドレラ』なんだ」

店員さんからの謎の単語の連打が繰り出され続けたが、ドレラの名前に関係しているかもしれないと思うと興味を持たざるを得ない。ドレラももちろん興味を持ったようだった。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、格好良い名前だ。

「でもなんで、アンディさんなのにドレラなの?」
「ドレラは、ウォーホルのニックネームなんだ。たしかドラキュラとシンデレラを合わせたとかだった気がする」
「シンデレラとドラキュラってすごい組み合わせだね。なんか素敵」

「ドレラの名前と関係あるのかな?」
「どうだろう、珍しい名前だけどな。わかんないな、親に直接聞いてみたら?」
「そうですね、帰ったら聞いてみます」

(続く)

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