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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #15.0

「でね、よろしかったら、お家に上がらせてもらいたいんだけど」

「え???」

彼女は何を言っているのだろう。状況が理解できない。家に上がらせて欲しい?え?

「いや、実は折り入ってお話があるんですよ、キネンさん」

「いや、ちょっと待って、急に畏まらないで。いや、家じゃなきゃいけない話?こ、この前みたいにファミレスとかじゃ駄目なの?」

「いや、ほら、動画とか観たいし、音出したいし」

「いやいや、スマホで見れるし、イヤホンすればいいでしょ」

僕は必死に言葉を返した。いや、普通に考えれば嬉しい話なのかもしれない。女の子が自宅に来たことといえば、中学生の時にインフルエンザで数日休んだ時にプリントを持ってきてくれた時ぐらいだ。それも厳密には玄関までだし。それ以外はないし、この先も悲しいけどもしかしたらないかもしれない。だからどうしていいかわからないし、ちょっとしたパニック状態に陥った。

「スマホ忘れたって言ったでしょ」

「僕のスマホで観よう。昨日のファミレスで・・・」

僕の言葉を遮り、

「どうしてそんなに嫌がるの・・・私、ここでキネン君が帰ってくるのずっと待ってたのに・・・」

両手で目を擦る仕草をし、わかりやすい泣き真似を繰り出す。

「いや、学校休んだのはそっち・・・」

「ねぇ、いたいけな女子高生がわざわざ家の前で君の帰りを待って、話があるって言ってるのよ、恥ずかしい思いさせないで」

唐突に怒り出した。なんだか母親や妹と変わらないな、と僕は思った。今度は身体を小さく揺らし、伏し目がちにこちらを見ている。僕は考える。家には誰もいないはずだ。妹も部活でいないはずだ。詮索好きのあいつがいたら大変なことになる。僕はスマホで時刻を確認する。母が帰ってくるのも、妹の部活が終わるのもまだ数時間あるはずだ。

「わかったよ。じゃあちょっとだけ。部屋も汚れてるけど、それでもいいなら、お、お茶でもどうぞ」

「やった」

後出しでじゃんけんに負けたような気分だけど、彼女と話したいと思っていた自分もいるわけなので、あいこということにしよう。僕は玄関の鍵を開け、彼女を中に導いた。玄関先には母親が一輪の花を飾っていた。

「綺麗な花ね」

彼女が囁くように言った。何の花か僕にはわからなかったので、頷くことしかできなかった。客用のスリッパを玄関先の開き棚から取り出し、床に置いた。お邪魔しますと言いながら、彼女は自分の靴を揃えて反対に置き直し、僕の靴も真っ直ぐに揃えてくれた。いつもの自由奔放な部分と違う姿を見せられて、やっぱり彼女という人間が理解できそうもない気がした。

「2階が僕の部屋なんで。どうぞ」

僕が先に階段を登り、案内する。登ってすぐの所なので案内も何もないのだけれど、彼女が後に続く。登りながら部屋の中を思い返す。変なものは置いてないよな(妹が勝手に入ってくるので、見られたくないものは日常的に置いてはいないはず)、彼女が引くようなものもないよな。うん、大丈夫なはず。僕はドアノブに手をかけ、彼女を招き入れる仕草をする。

「散らかってるけど、どうぞ」

「おじゃましまーす」

なぜかこそ泥みたいな忍び足で中に入ろうとする彼女に思わず笑ってしまった。

「いや、盗みに入るみたいじゃん、普通にしてよ」

「え、いや、男の子の部屋に入るのなんて初めてだし」

部屋の中をゆっくり確認するように見ながら彼女は答えた。

「え、そうなの?」

「当たり前じゃん、そんなの。キネン君は私をなんだと思ってるのよ」

これまでの強引さからいって、慣れてるとは言わないまでも、初めてではないと勝手に思っていた。そして彼女のことだ嘘は言ってないだろう。僕は不思議と心が軽くなった。

「じゃあ、適当に座ってて。今何か飲み物持ってくるよ」

「ありがとう、気が利くのね、キネン君。あれ?、もしかしてよく女の子連れ込んでる?」

「そ、そんなわけないでしょ」

「えー、怪しい」

その言葉に対して反論もせず、僕は逃げるように階下に降りた。洗面所に行き自分の顔を確認すると案の定真っ赤に染まっていた。心臓は売れないロックバンドの冴えない曲のように激しくビートを刻んでいる。蛇口をひねり、水で顔を洗い、気持ちを落ち着かせようとした。完全に彼女のペースだ、どうしたらいいんだろう。いや、別にどうしたっていいんだけれど。自分の思考がおかしくなっていることだけはわかるのだけれど、正解がわからなすぎて息が苦しい。キッチンに向かい、冷蔵庫から水を取り出し、コップに注いで一息に飲んだ。冷えた水が喉から胃へ向かい、僕の中を充たしていった。

ようやく落ち着くことができた僕は、再び冷蔵庫を開け、中を覗いた。タイミングよくペットボトルの紅茶があったので、それを彼女に出すことにした。母や妹のかもしれないが、知ったことではない。今、僕にとって何より必要なものは彼女に差し出す飲み物なのだ。

グラスをもうひとつ出し、氷をいくつか入れ、そこに紅茶を注いだ。ペットボトルをそのまま出すよりかは幾分ましだろう。自分のグラスにも同じことをし、トレイに載せて二階に向かった。

ドアを開けて部屋に入ると、彼女はまだ立ったままで、壁のポスターを眺めていた。

「ねぇ、これって、映画のポスターだよね?」

(続く)




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