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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #32.0

「ちょっと混んでたね」
そう言いながら僕らは改札を通り街に出た。駅前は家路を急ぐ人々で溢れている。うまくいえないけど僕はこの帰宅ラッシュというやつの空気感が苦手だった。当たり前だけど、一人ひとりに罪はない。さらに言うと自分もその一員だ。でもそこにある、異様なマイナスの高揚感みたいなものが人々から発出されて、それがぶつかりあっているような感覚、それに気圧されてしまう。ただ今はドレラがそばにいる、そのおかげでなんだかいつもとは違う感覚でいられた。

「どっちかな?」
きょろきょろとあたりを見回すドレラ。

「調べたの?」
僕が聞くと、返事ではなく苦笑いが返ってきた。なんとなくしか調べてないのだろう。
「まぁ、そんなことだと思ったよ。ちょっと待ってて」
「だからキネン君と来たんじゃない。よろしく」

僕はスマホを取り出し、地図アプリに目的地を入力しようとした。
「あ、そういえばなんていうお店?」
「えっとね、なんとかレコーズ」

「いや、情報少ないって」
今度は僕が苦笑いすることになった。まぁ、でもレコード店自体珍しいので、調べたら結果はすぐに出た。僕はドレラに画面を見せた。
「これかな?」
「あー、そうそうナイン・レコーズ」

もし相手がミキモト君なら、僕が知る限りのあらゆる言葉を駆使して責め立てたかもしれないが、スマホを覗き込みながら笑う彼女に対してはどんなことだって許してしまう。僕らはスマホの指示に従い、歩き始めた。どうやら10分かそこらで着くみたいだ。一応のデートということなので僕はしっかりと楽しむことにした。歩き出してすぐに気が付いたのだけれど、街はどこにでもある景色が並んでいて、駅前にはおなじみのファストフード店やコンビニなどがあり、少し歩くと住宅街が現れる。まるで、元になっている誰かが作った街並みをコピー・アンド・ペーストしたかのような街。そんな街を僕らは歩いた。

途中でドレラが僕に訊ねてきた。

「妹がいるってどんな感じ?」

「妹?」

ドレラが頷く。彼女にとってこの質問は重要な問題なのかもしれない。僕は真剣にかつ正直に答えなければならない。

「そうだなぁ、当たり前だけど気づいたときから一緒にいるわけだから、それについて深く考えたりすることもないかな。よく喧嘩はするけど仲が悪いってわけじゃない。ちょっと舐められてる感はあるけど、それもまぁ許容範囲って感じ。他の兄弟姉妹がどんな感じかわからないから比べようもないけど、高校生と中学生の兄妹にしてはまぁまぁな関係なんじゃないかなって思う」

ドレラは何も答えなかった。まっすぐに前を見て、何か考えていた。

「似てる?」

「僕に?うん、そうだな、顔はあんまり似てないかな。でも親戚とかは似てるっていうからよく見ると似てるのかもしれない」

「性格は?」

「似て…ないかなぁ。なによりも生意気だよ、すごく、うん」

「嫌い?」

「いや、ムカつくときはあるけど、別に嫌いとか、そういう感情はないかな」

「ふうん」

そう言ってから、ドレラはしばらく何も話さず歩き続けた。住宅街に近づくと人影はまばらになり、静けさが辺りに充満し始めた。夕暮れと夕闇のちょうど間の世界が訪れてきている。闇が近づきつつある青白い夜空に星はなく、世界を飲み込んでしまいそうに見えた。なにかのアルバムジャケットで見たような気がするけど、自分の想像の中だけのものかもしれない。

小さな公園を横切るときに、ドレラが一瞬寂しそうな表情をした。僕はこの前のことを思い出す。

「弟たちは、ミキオとキミオっていうの」

「そうなんだ」

僕は知らないフリをした。胸がチクチクした。

「ちょっと親バカならぬ姉バカみたいだけど、とても優秀でいい子たちなの。過去を忘れてても、少しの間一緒にいればそれはわかる。そしてとても優しい。私の様子を見てとても心配している」

「だったら、二人に話せばわかってくれるんじゃ?」

「そうかもしれない。でも・・」

僕なんかにはわからない繊細な問題なのだろう。僕は返す言葉を失ってばかりだ。

「ねぇ、ビギーのことは何かわかった?」

「いや、まだ見つかってないみたい。新しい情報もないね」

「もしうまく悪い人から逃げられたとしたら野生に返ったりするのかな」

「もともと野生だった可能性もあるから、もしかしたらありえるかもしれないね」

「元気だといいなぁ。うまく逃げられて、どこかで自由に生きてるかもしれないね。でもやっぱりイギーのところに戻ってほしいなぁ」

「うん、きっと元気だし、きっとイギーのところに戻るよ」

なんの根拠もなかったけれど僕は心からそう思ったし、そう願った。

「うん、そうだね」

彼女が優しく微笑む。彼女の微笑みは、僕にいままでにない感情を呼び起こす。今この瞬間だけでも彼女のことを独占していると思うと、僕の心は柔らかくなった。

スマホの地図が目的地の近くだということを知らせてきた。前方を注意深く確認しながら歩くと、それらしき立て看板を発見した。

「あ、あそこみたいだよ」

「ほんとだ」

店の前に着くと、看板に書かれている文字がはっきりと読み取れた。手書き風の文字で、「USED RECORD&CD」と描かれ、その下には「ROCK,PUNK,GARAGE,ALTERNATIVE」の文字が踊る。そして一番下には、あえて目立たないようにするかのような控えめな文字で「NINe Records」と書いてあった。こんな住宅街にあるのは不思議でならないし、明らかに異質な存在としてその場所にナイン・レコーズはあった。

(続く)

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