【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #10.0
「欲しかったものがなんだかわからなくなることってあるよね」
思わず僕は口走ってしまった。彼女の氷をかき回す手が止まる。
「どういうこと?」
「ほら、テレビとかで美味しそうなコンビニのお菓子とか見て、次コンビニ行ったら絶対買おうって思うんだけど、実際コンビニ行ったら、すっかり忘れてるってことない?」
「ない」
もしかしたら機嫌を損ねてしまったかもしれない。でも、ここで退くわけにはいかない、やはり聞くしかない。彼女がイギーに会いたい理由を知りたいのだ、僕は。
「ごめん、やっぱりイギーになんでそんなに会いたいのか聞いておきたい。いや、その、やっぱり手伝う身としては、なんでなのかなって。突然聞かされて突然連れて来られてじゃ、ちょっと・・・」
怪訝そうな顔で僕の顔を見る彼女。
「前にも言ったじゃない。初めて聴いた音楽が彼の音楽なの。心を撃ち抜かれたの。その日以来ずっと聴いてる。彼の音楽を聴く前のことを思い出せないくらい。それくらい衝撃だったの。彼の声も音楽も、その姿も」
「初めて彼の音楽を聴いたのはいつ?」
彼女が目を逸らす。
「言いたくない」
聞こえるか聞こえないかの声でもう一度言いたくないと彼女は呟いた。
「と、とにかく彼のおかげで私は力をもらったの。だからそのことを会って彼に伝えたいだけ。それ以外の理由なんてない」
これくらいの理由で人は行動するものなのだろうか、僕にはよくわからなかった。ただ彼女はそういうシンプルな理由で行動できる人なのだろう。今までの彼女を見ていてもそれはわかる。僕にはない彼女の意志と行動力をたった数回のやりとりでまざまざと見せつけられていて、現に今もその最中といえるだろう。そしてその強い意志と行動力から驚きの発言が繰り出された。
「ねぇ、ビギーを誘拐するってのはどう?」
彼女は少しだけ身を乗り出し、テーブルを両手で叩いて僕を見た。その一連の動きの中で、彼女の柔らかそうな髪が揺れ、優しい香りが僕のところに届いた。ただそれだけのことなんだけど、もしかしたら僕は赤面していたかもしれない。彼女はまっすぐ僕の目を覗き込んできたが、僕は目を逸した。その逸らした視線の先には隣のテーブルの子どもたちが映る。子どもたちはとうにパフェを食べ終え、与えられたおもちゃで遊んでいた。
「そ、そんなの、どうやって?」
「だーかーらー、それを考えるのがキネン君なの。だからここに連れてきたの」
身勝手で無茶苦茶な考えだったが、さすがに僕も慣れてきた。反論などせず一応は考えてみる。
ビギー、というかキバタンについてさらに調べてみると、買うとなると結構な値段がするとか、白色オウムと呼ばれているとか、「ギャー」という叫び声のような声で鳴くとか、そんな情報を得た。ただ、それがわかったところでどうなるものでもなかった。
僕は苦し紛れに答えた。
「じゃあ、こうするのはどうかな。イギーにツイッターで伝えるんだ。僕たちと会ってください。さもなければあなたのオウムを誘拐します、って」
到底冴えたアイデアとは言えない。けれど意外にも彼女は喰い付いてきた。
「え、いいかも。なんて送ろう、え、ドキドキするね」
イギーへの想いの100分の1でも僕に向けてくれないものだろうか。そんなことは1ミリも伝えずに、僕は無言でスマホに文章を打ち込んだ。
「僕たちは日本の学生です、あなたのファンです。あなたに会いたいです。
でもそれが叶わないならあなたの大事なペット、ビギーを誘拐します」
翻訳サイトに入力し、そして変換した。
We are students in Japan and we are your fans. We want to meet you.
But if that doesn't happen, we'll kidnap your precious pet, Biggie.
正確ではないかもしれないけれど、たぶん合ってるだろう。スマホの画面を彼女に見せる。ただ、見せながらふと気づく。
「でもこれって犯罪なんじゃないの?最近も話題になってなかった?」
SNSでの誹謗中傷や風評被害は社会問題化していたし、一人の人間の人生や命まで奪いかねないほどになっていた。授業なんかでも取り上げられていたし、僕でも少しはそのことについて知っている。
「いや、あれは、死ね、とか殺すとか人を傷つけるからでしょ。これは誰も傷つかない」
「いや、ビギーが・・・」
「オウムだし、日本の学生の戯言だと思って多めに見てくれるでしょ」
全然納得できないし、無茶苦茶だ。そもそも戯言だっていうなら、イギーだって本気にしないだろう。
「いいの、とにかく送れば。ほらなんか突然反応があってバズったりして、そっから会えちゃったりするかもしれないじゃん」
もしかしたらニュースなどで目にする、SNSで問題を起こしてしまった人たちというのは、皆こういう軽い気持ちで、深く考えずにやってしまい、気がつけば・・・という流れなんじゃないだろうか。そんなふうに思って少し怖くなった、が、彼女の勢いに押され、僕は画面の送信ボタンをタップしてしまった。
(続く)
サポートお願いします。全力でクリエイター活動に邁進します。