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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #3.0
やはり自分の名前は好きじゃない。百発百中で聞き返されるし、十中八九間違われる。16年この名前で生きてきたから、慣れたといえば慣れたけど、とにかく面倒くさい。なるべく口に出したくなかったし、自己紹介は嫌でたまらなかった。そのせいで性格が少々内向的になった気もしている。
名字が星野でまだ良かった。有馬とかだったらどれだけイジられたことか。いや、そもそも星野家に生まれたというか、星野さん夫婦(つまり両親)が名付けたわけだけど。親には悪いけど、とにかく好きじゃないってことだ。
そんなわけで、あんまり気は進まないけれどついでに一応説明しておくと、名前の由来は誕生記念に夫婦で何しようってのと、生まれた子(僕ね)の名前をどうするか悩んでいて、悩みすぎてこんがらがっちゃって、僕の名前が記念になったとか。いや、僕だって意味わからないよ。結局誕生記念に何をしたのかも知らないし、聞く気も起きない。両親を激しく憎んでるとかではないけど、やっぱり自分の名前は好きじゃない。
「キネン君、よろしくね」
彼女の言葉に僕は驚いた。物心ついてから初めての経験だった。聞き返されない、間違われない、不思議な顔をされない。いつも望んでいたことだけど、実際に起こると、逆に動揺した。
「どうかしたの、キネン君?」
動揺を察知したのか、彼女は振り向き、僕の顔を見た。
初めて彼女と正面で向き合い、目を合わせた。そして僕は照れた。そうなんだ、彼女は可愛いのだ。さらにどうしていいかわからなくなり、思わず目を逸してしまった。
その瞬間彼女がさらに近づき、僕の顔を覗き込んだ。とても近かった。鼻と鼻がぶつかりそうだった(そんなことあってはならないけど、実際ぶつかったのかもしれない)。僕は驚きすぎて、声を上げて後ろに仰けり、そのまま地面に倒れ込んだ。
「ちょっとそんなに驚かなくていいじゃない」
「いやいやいやいや、おかしいでしょ」
「何が?」
「何がって、その、距離感が・・」
「面白いんだね、キネン君て」
何が面白いのか全く理解できない。彼女は僕をからかって楽しんでいるのだろうか。そんなことのために僕を呼び屋上に連れ出したのか。
「あ、挨拶するからにはやっぱり何か用があるんじゃないの?」
「うーん、そうね・・」
少し考え込む素振りを見せたが、「今は・・ないわね」と言って、再びフェンスの先を見た。
「ねぇ、キネン君、私達どこかで一度会ってる気がしない?」
「転校してくる前にってこと?」
「そう。どこかで」
珍しい名前だし、目立つ顔立ちだし、会ってれば絶対に忘れないと思うのだが、全く覚えがない。
「いや、申し訳ないけど、会ってないんじゃないかな。人違いとかじゃない?」
名前の珍しさは共通かもしれないけれど、それ以外は全く逆かもしれない。僕みたいな人間は世界に溢れている。誰に会っても僕に会った気がするのかもしれないし、僕じゃない誰かに会ったのかもしれない。
「そっか。ま、別にいいんだけど。じゃあキネン君、今度は私のことちゃんと覚えてね」
そういうと彼女は僕のことを一度も見ないで、もと来た扉の方へ駆けていった。が、急ブレーキをかけるように突然立ち止まり、
「ものごとは全て、始まる前に終わってる」
と、僕に聞こえるように言った。その言葉を呟くと彼女は扉を開き、階段を降りて消えてしまった。
一人になって、ようやく僕はリアルに実感した。それまではクラスメイトとして同じ空間にはいたものの、自分の世界の事象ではなかった。けれど、この瞬間から彼女は僕の世界の住人になった。
僕は彼女を認識し、彼女もまた、僕を改めて認識した。そして僕は彼女のその美しさを見て、眩しさのようなものを感じていた。
(続く)
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