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歌詞と時代―宇多田ヒカル『BADモード』を聴いて―

2022年1月19日ヒッキーこと宇多田ヒカルの新曲『BADモード』のフルMVが公開された。彼女の素晴らしさは語るまでもない。本稿ではこの曲を聴いて前から感じていた「歌詞と時代」について思ったことを書き連ねたいと思う。そんなの当たり前じゃないかと思う箇所もあるかと思うが、個人の趣味のnoteだということでご了承願いたい。


まず、この曲を聴いて印象的だったのが以下のフレーズだ。

メール無視してネトフリでも観て
パジャマのままで
ウーバーイーツでなんか頼んで
お風呂一緒に入ろうか
出所:宇多田ヒカル『BADモード』歌詞より

「ネトフリ」や「ウーバーイーツ」というワードに"今"を感じる。この2語は約2年のコロナ禍を経て、彼女の曲の歌詞にまで登場するほどメジャーになったのかと驚いた。そして、彼女の曲にはこういったその当時(時代)を表した歌詞が多く入っていることを思い出した。

個人的に彼女の曲に限らず時代を反映した歌詞が入っている曲が好きなこともあり、歌詞からその時代を整理してみたら面白いのではないかという思いから、タイピングをはじめた。また、最近では音楽のサブスクリプションサービスの普及やTikTokなどの影響により昔の曲が若者にも聴かれているらしいので、そういった若者たちにも本稿を通して何か発見があればと思う。

高校時代に受けた歌詞と時代の授業

「ネトフリ」や「ウーバーイーツ」のような時代を反映した歌詞には昔から敏感だった気もするが、それに関連してはっきりと覚えているのは高校生の時に学校で受けた日本史の授業だ。

教科書の範囲が一通り終わっていた3学期の最後の授業で、日本史の先生が自作のプリントと共に「ヒット曲と日本現代史」的な話をしてくれた。その授業は、井上陽水の『傘がない』(1972)やかぐや姫の『神田川』(1973)サザンオールスターズの『勝手にシンドバット』(1978)など昭和(私の知らないもっと昔の曲もあったかもしれない)の名曲を年代順に挙げて、SMAPの『世界に一つだけの花』(2002)あたりの時代(もっと前だったかもしれない)で政治などに興味を持つ人が減り、世相を表すヒット曲がなくなっていき日本史的に分析する意味をもたなくなったといったような結論であり、「そんなもんなのか、なんかさみしいな」と感じた思い出がある。

都会では自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨 傘がない
出所:井上陽水『傘がない』歌詞より

井上陽水の『傘がない』は学生運動が終焉し、「あさま山荘事件」が起きた時代にリリースされており、世の中・若者たちから「政治的」な空気がなくなっていくのを表している。そういった時代背景はもちろん、今の時代を生きる私からすると「今朝来た新聞の片隅に書いていた」というフレーズが気になる。今や新聞の読者は若者を中心に右肩下がりであり、多くの新聞社が不動産事業で収益を上げて事業を継続している状況だ。しかし、この曲がリリースされた当時は貴重な情報源であった新聞を取るのが当たり前だったのだ。

Mr.Children

ミスチルことMr.Childrenの曲にも「時代だなぁ~」と感じる歌詞がある。失恋ソングとして定番の『my life』(1993)だ。

62円の値打ちしかないの?
僕のラブレター読んだのなら
返事くらいくれてもいいのに
なにげなく歩道を歩けば
壁の破れた映画のポスター
君を誘って断られたっけ Woo
出所:Mr.Children『my life』歌詞より

今の人たちには冒頭の「62円の値打ち」の意味がわからない人もいるだろう。これは当時の定形郵便にかかる額だ。2022年1月現在は25gまでが84円、50g以内だと94円となっているので、今ミスチルがこの曲を作るとするとどちらの価格を選ぶのか気になる。思いの重さは25g以上ということで94円を選ぶのも面白いのではないかと個人的に思う。

ちなみに、Yahoo!知恵袋で「my life」や「62円」と検索すると同様の質問がたくさんヒットする。

さらに、「なにげなく歩道を歩けば壁の破れた映画のポスター」とあるが、昔は歩道にやたらと映画のポスターがあった気がする。学校の帰り道にポスターにいたずらをして怒られている同級生がいたのが懐かしい。最近はほとんど見かけなくなった気もするのだが、それはネットなどで宣伝がすむからだろうか。

浜田省吾

ハマショーこと浜田省吾の曲にも触れたい。彼の名曲『MONEY』(1984年)だ。しかし、この曲については私なんかより深く考察していてぜひ紹介したい記事を見つけてしまったのでそちらのリンクを掲載するにとどめたい。「ハイスクール」なんてフレーズは今はほとんど使わないので時代を感じる。

広瀬香美

次は、昨今YouTubeが話題の広瀬香美だ。彼女のヒット曲『ロマンスの神様』(1993)の歌詞を見ると人によっては意外な発見があるかもしれない。

週休2日しかもフレックス
相手はどこにでもいるんだから
今夜飲み会期待している友達の友達に
出所:広瀬香美『ロマンスの神様』歌詞より

まずは「週休2日」という今の時代の曲では見かけないフレーズだ。もしかしたら、今の時代だと知らない人もいるかもしれないが、日本の多くの企業で週休2日が浸透したのはこの曲のリリース頃1980年代のことだったのだ。だからこそ、あえて歌詞にこのフレーズが使われている。最近では一部の企業では「週休3日」といった声も聞こえるが、技術進歩による労働時間の短縮は素晴らしい。

また、「フレックス」という言葉は「働き方改革」が話題になった昨今再び注目を集めているように感じるが、1980年代当時から使われていた言葉だというのは私のように意外に感じた人もいるのではないか。

宇多田ヒカル

最後は、冒頭でも触れた宇多田ヒカルだ。彼女は15歳デビューした1998年から2022年の現在までヒット曲を多く出しているが、歌詞の時代を見ることでより息の長さを感じられる。

まずは、デビュー曲でもある『Automtic』(1998)から

七回目のベルで受話器を取った君
(中略)
It's automatic
アクセスしてみると 映るcomputer screenの中
チカチカしてる文字 手をあててみると
I feel so warm
出所:宇多田ヒカル『Automatic』歌詞より

「七回目のベルで受話器」ということはつまり固定電話である。今の時代、固定電話がない家庭も多く、電話はLINEなどインターネットサービスを使っているという人が多い。固定電話が多く使われていた時代だからこそのロマンティックな歌詞だ。

「アクセスしてみると 映るcomputer screenの中チカチカしてる文字」windows95の発売から数年が経ち一般家庭にも広くPC、インターネットが普及した時代だ。当時のPCの画面というのは今のPCとは比べものにならないほど画面がチカチカしていた。

次にこちらもデビュー初期の曲、「チキチキアー」という前奏でおなじみの「Addicted to you」(1999年)だ、

毎日話す必要なんてない
電話代かさんで迷惑してるんだ
(中略)
留守電になってる夜中
メッセージ聞きにもう一度かけたい
出所:宇多田ヒカル「Addicted to you」歌詞より

こちらも『Automatic』につづき、固定電話の時代だからこその歌詞だ。電話代がかさんで迷惑という表現はどこか時代を感じさせるが味のある表現だ。今の時代だと電話代がギガ(通信料)とかになるのだろうか。それだとなんとも味のない気もする。

※『BADモード』のYouTubeコメント欄を見て見落としに気づき追記。

夜中の3時a.m. 枕元のPHS
出所:宇多田ヒカル『Movin' on without you』歌詞より


こちらも活動初期の曲、『Movin' on without you』。冒頭の「枕元のPHS」という歌詞は当時ならではだ。今はスマートフォンが当たり前になりPHSの新規契約は終了し、徐々に廃止の方向へと進んでいる。PHSを知らない読者はガラケーの廉価版で電波が弱いもの程度の認識をしていただければと思う。

つづいては、特徴的なMVが印象的な『traveling』(2001年)だ

仕事にも精がでる金曜の午後
(中略)
不景気で困ります
(閉めます)
ドアに注意
出所:宇多田ヒカル『traveling』歌詞より

「仕事にも精がでる金曜の午後」から土曜が休み、つまり、広瀬香美『ロマンスの神様』とは違い、週休2日が世の中に広く浸透したことがわかる。「不景気で困ります」これはバブル崩壊後の「失われた10年(20年)」といわれる当時の日本を表している。ちなみに同時期にこの曲と同じく明るい曲調であるモーニング娘。の『恋愛レボリューション21』などがヒットしたように不景気の時は明るい曲がヒットするという傾向があるらしい。

お次は、『Keep Tryin'』(2006)だ。

十時のお笑い番組 仕事の疲れ癒やしても
(中略)
将来、国家公務員だなんて言うな 夢がないなあ
「愛情よりmoney」
ダーリンがサラリーマンだっていいじゃん 愛があれば
出所:宇多田ヒカル『Keep Tryin'』歌詞より

「十時のお笑い番組」とはおそらく当時大人気であったお笑い番組「エンタの神様」だ。私も毎週のように見ていた記憶がある。そして、「将来、国家公務員」というフレーズは日本の就職率の低さ(とはいっても諸外国よりはそれでも高かったのだが)や、大企業の合併・倒産などを経験したことからの若者の安定志向を表している。当時は今以上に将来安定している公務員になりたいと答える若者が多かった。また、「ダーリンがサラリーマン」のところについては、この曲がリリースされる少し前の時代のいわゆる「IT長者」たちの出現が関係しているのではないかと個人的に思う。彼らが登場する前はサラリーマンはむしろ稼げて人気の立場だった気がする。今の時代も宇宙に行った人や、メモ魔、私が個人的に好きだった美人女子アナと結婚したのに不倫していた人などIT社長が話題だが、実はこの時代こそ日本のIT長者の黎明期で、餃子野菜ロケットおじさんやイニエスタのお友達などが大きな財を築いたのだ。

最後にヱヴァンゲリヲンの主題歌としても話題の『Beautiful World』(2007年)についても少しだけ触れる。

新聞なんかいらない
肝心なことが載ってない
出所:宇多田ヒカル『Beautiful World』歌詞より

井上陽水のところでも触れたが、ここでも登場する「新聞」である。この曲の当時はまだ「新聞を読む」ということがそれなりに一般的だったことがうかがい知れる。ちなみに、ネットなどによくいる「新聞や大手メディアはクソ!」といった主張の方々の中に上記のフレーズから「宇多田ヒカルも新聞を批判している!」と言っている人もいるらしいがそれについてはヒッキー本人が否定しているということには触れておこう。新聞を読んで育ち色々メリットも感じた私としては、歌詞から「新聞」が消える日がいつかきてしまう(すでにきてる?)かもしれないと考えると寂しい気もする。

そして、本稿の最初に挙げた『BADモード』(2022年)である。7回目のベルで受話器を取ってもらい、新聞を読んでいた少女が、電話より進んだツールである「メール」を無視して「ネトフリ」に「ウーバーイーツ」だという。時代の流れの早さ、技術の進歩、彼女の息の長さはすさまじい。

最後に

他にも時代を反映した歌詞の曲は多くあると思うので、思い出したら続編を書くことがあるかもしれない。普段音楽を聴いていて散発的に思っていたことをまとめていたら思った以上に大変だった。大して中身はない記事だが、歌詞からその当時の時代を読み解く面白さが伝わればうれしい。


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