見出し画像

北海道の廃線跡探訪 第27回 羽幌線(3/7)鬼鹿~苫前間


1.ごあいさつ

ご訪問ありがとうございます。

北海道の廃線跡探訪第27回 羽幌線留萠~幌延間その3 鬼鹿おにしか苫前とままえです。

なお、これからの投稿予定路線などは、初回記事にありますので、そちらをご覧ください。

2.鬼鹿~力昼りきびる

1/5万地形図「港町」昭和58年第2回編集「苫前」昭和59年第2回編集に加筆

鬼鹿を出ると、温寧おんね川を渡る、オンネオニウシュカッペ川橋梁の鬼鹿方橋台があるが、そこへ向かう築堤の一部は神社の参道のため崩されていた。

①オンネオニウシュカッペ川橋梁の鬼鹿方橋台 2010年5月撮影

鬼鹿市街を抜けると路盤は国道と同じ高さになり、小種子こたねこ川にオンネトマリケシュオマナイ川橋梁の橋台が残るが、1963(昭和38)年6月設置の千松せんまつ仮乗降場の跡はない

②オンネトマリケシュオマナイ川橋梁の橋台 2010年5月撮影
③千松仮乗降場跡 力昼方を望む 2022年10月撮影

千松の先の千松川橋梁や、道路と茶俊内ちゃしゅんない川を一気に跨いでいた、茶俊内川橋梁も橋台だけになっている

④千松川橋梁の橋台 力昼方より望む 2010年5月撮影
⑤茶浚内川橋梁の橋台 2010年5月撮影

小平おびら町と苫前町の境であり、橋台が残るサカエノ沢川のイチビルナイ橋梁を過ぎると力昼だが、ここも空き地だけが拡がっている

⑥イチビルナイ橋梁の橋台 2010年5月撮影
⑦力昼駅跡 番屋ノ沢方を望む 2010年5月撮影

3.力昼~古丹別こたんべつ

1/5万地形図「苫前」昭和59年第2回編集に加筆

力昼を出ると、羽幌線は古丹別へ向けて再び山間部に入る

国道からは金網でふさがれた第1力昼トンネル(100m)の入口が見え、第2力昼トンネル(212m)までは築堤が残っている

⑧第1力昼トンネル 力昼方ポータル 2010年5月撮影
⑨第1力昼トンネルと第2力昼トンネルの間 第2力昼トンネルを望む 2010年5月撮影

第2力昼トンネルは中に水が溜まり、おまけに向こう側の明かりは見えない。
番屋ノ沢方からまわると、道路を跨いでいたところは築堤が崩されていた。

⑩力昼方より架道橋跡を望む 2022年10月撮影

そこからトンネルへ向けて歩き、ヤブやササに悪戦苦闘しながら、第2力昼トンネルに何とかたどり着くことができた。

⑪番屋の沢川にあったアーチ橋 2010年5月撮影
⑫第2力昼トンネル 番屋ノ沢方ポータル 2010年5月撮影

1955年3月設置、力昼集落の裏手にあった番屋ノ沢仮乗降場には、ヘタな駅舎も顔負けの立派な待合室があったが、その土台らしきコンクリート敷があるだけで路盤はヤブに覆われている。

⑬番屋ノ沢仮乗降場の待合室跡? 2022年10月撮影

海岸沿いの力昼附近には漁港しかないが、この附近には郵便局や小学校、神社や寺もあったから、仮乗降場が設置されたのも納得がいく。

番屋ノ沢を過ぎ山間部に入ると、路盤を一部再利用したと思われる、古丹別へ抜ける立派な道路(道道1062号力昼九重線)ができており、やがて左手下方に古丹別トンネル(661m)が見えてくる。

⑭道道から見た古丹別トンネルへ向かう切り通し 2010年5月撮影

ポータルにはトンネルの名を書いた標識?が残り、内部の路盤にはバラストが敷かれたままになっていた。
用意してきたキャップランプを頼りに進んでいくと、古丹別方には水が路盤一面にたまり、通り抜けられなかった(タイトル写真)。

⑭古丹別トンネル番屋ノ沢方ポータル 2013年6月撮影

古丹別方にまわってみると、路盤らしきものは見えるが、下りられる道はなく、築堤上の道路から路盤を目指して直降した。
路盤にはフキやイタドリが生えてはいるが、まだそれほど生長しておらず、歩きやすかった。
トンネルの手前の切り通には雪崩防止柵も残っていたが、やはりポータル手前に水がたまっていて近づけない。

⑮古丹別トンネルの古丹別方の切り通し 雪崩防止柵が残る 2013年6月撮影
⑮古丹別トンネルの古丹別方ポータル 2013年6月撮影

古丹別へ向け平地に出た路盤は、農地化されているところもあり、第1三毛別川橋梁の痕跡もなく古丹別市街に入り道路化されて駅跡に至る。

4.古丹別~苫前

1/5万地形図「苫前」昭和59年第2回編集に加筆

古丹別は早くから開拓が始まったところで、吉村昭の小説『羆嵐くまあらしのもととなった、三毛別ヒグマ事件で有名なところ。

三毛別ヒグマ事件については、下記投稿をどうぞ

わざわざ海岸沿いからトンネルを建設してまで古丹別へ抜けているのは、古丹別がそれだけ羽幌線沿線で重要な集落だったからで、かつては営林署が置かれ、森林鉄道も出ていた
同じ苫前町でもニシン漁で栄えた海岸部の苫前(本来の集落は海岸沿い)とは性格が全く異なり、別の町という気がする。

駅跡はバスターミナルとなり、あたりには商店のほかに旅館・農協・農業倉庫・製材所などが並び、現在でも古丹別市街の中心となっている

⑯古丹別駅跡に建つバスターミナル 2010年5月撮影
⑯旧古丹別駅前通 2010年5月撮影

古丹別を出ると、国道239号をくぐり、再び三毛別川を渡るが、跨線橋・第2三毛別川橋梁とも痕跡はない

三毛別川の先から現れた路盤は、上平まで切れ切れに続いている。

上平は農地化され、民家への私道のようになった駅前通(「苫前町道442 南香川1号線」という道路標識が建っている)があるだけ。

⑰苫前方から上平駅跡を望む 2022年10月撮影
⑰旧上平駅前通 突き当たりが駅跡 左の黄色いのが道路標識 2022年10月撮影

この先でまた直角に曲がり、古丹別川橋梁を渡るが、ここにも橋の痕跡はない
わずかに対岸の築堤が残り、その先の路盤は一部が直線化された国道に転用されている

三豊地区のあたりから、路盤はクルマでも通行可能な未舗装道になる

⑱作業道となっている区間 苫前方を望む 2017年8月撮影

道路をくぐるところもあるが、これは羽幌線廃止後新しくされた道路で、路盤転用道をまたぐ橋は、列車が通れないほど小さい。

⑲作業道となっている区間 前方に新しい道路橋がある 2017年8月撮影

道路をくぐった先はパークゴルフ場となって消え苫前に入っていく。

⑳路盤がパークゴルフ場へ消えるところ 苫前方を望む 2017年8月撮影

今回はここまでです。

おしまいまで読んでくださり、ありがとうございました。

次回は苫前から羽幌を経て、天塩有明てしおありあけ向かいます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?