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CRMの可能性

CRMの進化は遅い?

22年前に楽天のマーケティングを始めて以来、顧客LTVの最大化がマーケティングの中で最も重要な要素であるという考えは一貫して変わっていません。顧客LTVが高ければ、高単価で多くの顧客を獲得でき、企業の成長が見込めるからです。

しかし、デジタル広告の発展と比較して、LTV最大化の重要手法であるCRM(顧客関係管理)の進歩は大きく劣っていると感じます。ゲームアプリの世界では、CRMはマーケティングよりもゲームの運営に重点が置かれているため、私自身は8年程度CRMにはあまり深く関わっていませんでした。その後、トライト社に転職してから、最初に取り組んだのがCRMの強化でした。当時のCRMチームは人員も予算も限られており、主に既存顧客に対するメールやSMSの送信など、基本的な活動にとどまっていました。しかし、数字を詳細に分析すると、実際に達成されているKPI(重要業績評価指標)の数字はデジタル広告よりも優れていました。そのため、CRMのポテンシャルを見出し、予算を大幅に拡大しました。

成果が出るにつれて、CRMチームのメンバーも成長し、私の入社当初は業界の勉強会でほぼ教えてもらう立場った状況だったのが、自社の事例を共有する立場にいつしか変わっていました。しかし、他社からの事例紹介依頼があるという水準でオペレーションが出来るようになっても、私は依然としてCRMの世界には改善の余地が多く残っていると感じています。

CRMの高度化には個別企業のスキル向上が不可欠

デジタル広告の進化スピードとCRMの進化スピードの差は、まず、進化を推進する主要なプレーヤーの違いに起因すると考えられます。この20年でデジタル広告がここまで高度化してきたのは、Googleなどの大手プラットフォームの存在が大きな要因です。Googleは、自社で膨大なインターネットユーザーの行動履歴情報を収集し、AIを活用して広告主が求めるターゲットユーザーとのマッチング精度を向上させるシステムを高度化してきました。

このプロセスで重要なのは、Google自身が精度改善を主導できたことです。彼らは自社プラットフォームで巨大なユーザーのデータを収集し、それを拡充することで、他社に依存せずにこのプロセスを進めることができました。結果として、AIがBig Dataを利用し、ターゲットユーザーとのマッチング精度を向上さ、それを広告主が活用することで、デジタル広告の世界は大きく発展してきました。

CRMの高度化を考える際には、デジタル広告と同様に顧客情報からターゲットユーザーをピックアップし、AIなどを活用してマッチングを高度化する方向性が重要だと思います。しかし、デジタル広告とは異なり、CRMの顧客情報は企業ごとに蓄積されており、外部企業が利用可能にするには個人情報保護法などの関連法規に対する高いハードルが存在します。

そのため、CRMの高度化を推進する主体はGoogleなどの巨大IT企業ではなく、個別企業になることがほとんどです。この場合、企業ごとに必要な技術やリソースを持つため、高度化のスピードが遅れがちです。

個別企業がCRMの高度化に対応するのが難しいことの解決策として、MAツールやWeb接客ツールなどが提供され、これを利用することで効率化を図ることが考えられます。しかし、現状のCRMツールにはデジタル広告と比較して2つの大きなギャップが存在します。

まず、各企業の顧客DBが異なる構成を持っているため、それに汎用的に対応可能なMAツールを提供するのが困難です。企業ごとにどのようなデータがあり、それをどのように活用するかが異なるため、ツールが個々の企業に適用されるのは難しいのです。そのため、現状のツールはGoogleのような高度なAIによるマッチングのレベルには到底達していません。主流は依然としてシナリオベースやルールベースのものであり、AIが本格的に組み込まれたものはまだ少ない状況です。

しかし現実的には、MAツールを導入している企業でも、そのツールを十分に活用できていないケースが多く見られます。導入時に作成したシナリオが動くだけで、その後は高額なメール配信ツールになってしまうなどの企業も少なくないのが現状です。これらの状況からも、CRMツールの現状には改善の余地が多く残されていると言えます。


CRMが高度化しなくても効率が良い理由

CRMが改善活動があまり行われていない理由は、CRMのパフォーマンスが、新規ユーザー獲得のデジタルマーケティングよりも効率的であるため、改善活動への緊急性を感じにくいということが原因の一つであると考えています。

伝統的なマーケティング理論によれば、新規顧客へのマーケティングコストが既存顧客へのマーケティングコストの5倍かかるとされています。この5倍という数字がどこまで正しいのかは不明ですが、実務的な私の経験でも、既存顧客向け施策の方が新規顧客向け施策よりも安価であるということはほぼ間違いないと思います。

ではなぜ、オペレーションとしての洗練度が低いと思われるCRMの方がパフォーマンスが良いのでしょうか。CRMのパフォーマンスが良い最大の理由は、既存顧客向けの活動が接触コストが低いことにあります。例えば、メールの配信コストは非常に低く、一通の配信単価は1円以下であることも珍しくありません。そのため、既存顧客の獲得単価は新規顧客と比較して非常に安価になります。

このように、CRMの改善活動が遅れている背景には、個々の企業が施策を独自に改善する必要がある点や、そのパフォーマンスがまずまず良いため、改善の緊急性が低いという要因が考えられます。

CRM高度化にしなければいけない2つのこと

私の仮説が正しいのであれば、CRMはこれまで以上に重視され、強化されるべき分野であると考えています。具体的な改善策としては、以下の点が挙げられます。

まず、データ分析による顧客理解の精度向上が重要です。多くの事業会社において、この分野の施策精度がデジタル広告と比較して低いことはこれまでの議論でご理解いただけていると思います。もちろん、個々の企業がGoogleやMetaが行っているレベルの高度化に取り組むことは難しいかもしれませんが、この精度向上には何としても取り組むべきです。

そして、顧客理解に基づいた適切なタイミングでのタッチポイント構築やコンテンツ配信を行うオペレーションスキームの構築が不可欠です。顧客分析を深化させるだけでなく、その理解を実際のマーケティング活動に反映させることが重要です。この点は、デジタル広告の分野では広告メディアがオペレーションツールを提供しているため、マーケターが比較的容易に実行できます。しかし、CRMの場合は、企業が自らオペレーションを構築する必要があります。そのため、デジタル広告の運用と比較して、CRMのオペレーションはより高度なスキルが求められると言えます。

総括すると、CRMの重要性が高まる中、データ分析と顧客理解に基づいたオペレーションの強化が不可欠です。これにより、企業は顧客との関係をより深く理解し、効果的なマーケティング活動を展開することができるでしょう。

CRMのオペレーションスキームを作るのは難しい!

では、CRMのオペレーションを構築する上での考慮すべきポイントをいくつか紹介したいと思います。まずCRMオペレーション構築においては、データの分析の精度向上よりも、コミュニケーションの精度向上のオペレーションがうまくいかないことが、原因となっていることがよく見られます。

データ分析は細分化やセグメンテーションを行う作業ですが、これはパラメータの増加によってパターンが分かれていくため、比較的容易に行うことができます。たとえば、10代から50代までの年代と性別という単純なデモグラフィックな分析でも、5×2=100パターンが作れます。さらに、地域ごとに分けようとすると、非常に多くのセグメントが生まれます。例えば、県別に分けるとすると、10×47=470パターンになります。

このように、データ分析によって顧客を細かくセグメント化することは可能ですが、それが顧客との効果的なコミュニケーションに繋がるかどうかは別の問題です。分析結果を元にしたタイミングやコンテンツの選定、配信方法などが、実際に顧客との関係を築く上で重要な役割を果たします。

したがって、CRMの成功には、データ分析だけでなく、その分析結果を活用した適切なコミュニケーション戦略が必要不可欠です。データ分析が一定のレベルに達したとしても、それを実際のコミュニケーションに結びつけることができなければ、効果的なCRMは実現しません。

では、もう少し具体的にCRMでのコミュニケーションのオペレーション構築について深ぼって考えてみます。。例えば、年代×性別×都道府県のような細かいセグメント分け(470通り)をした場合、それぞれの顧客に対して適切なメールでのメッセージを送るためには、膨大な数のメールマガジンを用意する必要があります。この作業は単純に手作業で行うには非常に困難であり、人手ではほとんど不可能です。

さらに、例えば人材企業が20の希望職種でさらに細分化を行った場合、その数はさらに増え(9400通り)、効率的なオペレーションを行うことはますます難しくなります。このような場合、システム部門との連携が必要となり、自動化されたツールやシステムを活用することが不可欠です。

しかし、これで問題が解決するわけではありません。例えば、100万人規模の顧客DBに対して9,400通りのメールマガジンを配信した場合、それぞれのセグメントに対する反応を分析することが困難になります。細かく分類しすぎると、効果検証が非常に難しくなり、オペレーションの効果を適切に評価することができなくなります。

このような状況では、CRMチームが途方に暮れてしまうことがあります。データ分析チームとオペレーションチームの間でコミュニケーションがうまくいかず、互いに不満をためるという状況も生じます。このような問題は、多くの企業で見られる典型的なCRMの課題です。

CRMの改善は簡単な作業ではなく、時間と労力がかかるものです。5〜10年の長期的な計画で、リソースを集中して取り組むことが必要です。そして、単に取り組むだけではなく、プランニングやディレクションにもしっかりとした取り組みが求められます。

CRMを高度化し、競合他社よりも優れた顧客データベースを構築し、それを効果的に活用することは、企業にとって重要な差別化ポイントとなります。そのためには、確かな戦略と計画が必要です。次回からは、CRM戦略を成功させるための重要なポイントについて考えていきましょう。



【この文章は以下の文章のライトバージョンです。より詳細な議論はこちらでご確認ください】


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