見出し画像

都の奥座敷へ その一        舞って紅 第六話

 娘は、一週間近く、その出血が止まるまで、眠り続けていた。唇に、布に湿した水と薬湯を、クォモは与え続けた。

「そろそろ、薬湯や、温い湯を、口に含めてやるとよい頃じゃろうな」
「海の民か・・・気性が激しいと聞く」
「なるほど、気の強そうな女子おなごだな」
「御館様が仰っていたが、強肩な女子らしい」
「鍛えているのじゃろうとな。クォモ、そなたの山の民と同じようじゃな」
「身を清め、着飾ったら、やはり、・・・」

 衛士えじたちは、娘を覗き込んでは、クォモの隣で噂している。

「御館様は、きっと、命拾いさせ、使う所存だろうな」
「その口伝の内容を探ることは勿論じゃが、それがなけりゃ、瀕死のはしためを、わざわざ、ここまで面倒は見ないだろうて」
「利用価値があるということじゃな」
「まあ、どうであっても、元気になったら、お役目はあろうな」
「決まっとるわ、白太夫しらたゆう様に、まず、侍るのだろう」
「それまで、無碍をするなよ、クォモ」
「そんなこと、するわけありませんよ・・・」
「そのうち、御下がりとして、回ってくるかもしれんな」
「俺はいい、気の強い、女子は好かん」

 今は、瞳を閉じているので、その様相が半分ぐらいしか解らないが、目を開いていた時は、大きな瞳だったと見受けられた。怒りの形相で、痛み苦しんでいたように見えた。美人とは言い難いが、不思議な魅力があるのだろう、と、衛士たちは、興味を持って見ていた。婢として、また、流れ巫女として、諸国を渡り歩き、たまに、海の民の本拠地に戻る。間者としての役割も担っていたかもしれない。そうすれば、そのような事柄も、情報として、知っているかもしれない。

「遊び女だろう、天性の」
「お前の好みか?」
「下がったら、相手してもらってもいいが」
「強い女子おなごだ、それも」
「なんで、解る?」
「そんな顔つきは、好き物だ。やはり、天性の遊び女だ」
「お前も欲しいんだろう?」
「ならば、兄さん方、面倒見たら、どうですか?」
「馬鹿な、クォモ。御館様の命じゃろうが、お前が世話しとるのは」
「まあ、白太夫様のお好みじゃろうて」
「へえー、そうなんですか?」
「ははは、そんな驚くか?クォモ・・・まあ、若いのが、幸いしてるのかもしれんな。傷が癒えるのも早いしな」
毒躱どくかわしを服用していたかもしれんな」
「俺たちと同じ薬ですね」
「やられた時に、無効にするからな」
「はよう、動いて、舞でもさせてみたいな」
「そればっかりじゃな、お前、あははは・・・」

・・・・・・・・・・・・

 やかましい。さっきから、聞こえてるわい。ふふふ・・・。男は、我を見ると、すぐ、品定めに入る。まあ、良いのじゃ。そのぐらいでないと、我の務めはできぬからな。腕を動かすと、まだ、痛むようじゃが・・・

「おい・・・お前、気づいたのか?」
「え?」
「目覚めたのか?」
「御館様にお伝えしてこよう」

・・・・・・・・・・・・・

 アカは、久方に、安寧の感覚を取り戻していた。まだ、右の肩から、胸が痛む。傷は癒え始めたが、まだ、あるのだ。深く、短刀で刺されたのだから、そう簡単に癒える筈はないのだが・・・

「大丈夫じゃったか?」

 おや、涼やかな若衆。ふふふ。・・・知っておるわ。どなたじゃ?我に触れ続けていたのは?流れ巫女とて、唇は最後の砦というのに、・・・アカの目についたのは、クォモの顔だった。

「我に薬湯を与えたのは、そなたか?」
「・・・あ、ああ、目覚めたか・・・よかった」
「・・・掠れ声だな、残念じゃな、歌はさせぬか・・・無理か?」

 衛士たちは、目覚めた娘を遠目に見る。アカは、側で、身の回りの世話をしていたのが、自分と同格の立場の、若い奴であることが解った。

「そなたじゃな、違うか?」
「・・・良き言葉、使えるのだな。都入りしたことがあるな」
「ふふふ、よう、解るな」
「解らんように、隠せと躾けられなかったか?・・・白太夫様に、ではないのか?」
「・・・そなたの御館様か?そちらこそ、身分を証していいのか?ふふふ」

 衛士たちは、顔を見合わせた。どうやら、これは、手練れの奴婢のやり取りと感じ取った。互いに、白太夫様の求める所の、間者と流れ巫女の会話だと思った。

「世話になったな。礼をしても、構わぬが。時間がない。纏めてやってもいい所じゃが・・・」

 媚態を含む微笑で、アカは、寝所から、身体を起こしながら、クォモと衛士たちに、一通り、視線を投げかける。

「無駄遣いしたら、白太夫様にどやされる所じゃ」
「用は足りとる。馬鹿にするな」
「まあ、堅い衛士と見ゆる。奥方に叱られるか?あはは・・・」
「違う、お前の価値が知れとるからじゃ。おいそれと触れられまい。『流れ巫女のアカ』」
「畸神の真実を口伝で知る巫女。帝と菅様より、護るように言われている」
「そして、白太夫様の庇護の下、しばらく、ここで傷を癒してもらう。お前の命は、ここまで、話せば、解るな?」
「はあ・・・有名人になったものじゃな・・・、違ったら、どうするのじゃ?・・・まあ、白太夫様か・・・不思議なお方じゃ、初めて逢った時は、市井の人混みの中で、我を見つけ、拾い上げてくれたのじゃ。宴の最中ではなくな・・・」

 アカは、クォモに一瞥した後、再度、視線を合わせる。

「薬湯も良いが、今度は、蜂の蜜をおくれな。ふふふ」

 クォモは、表情を変えずに、視線を外した。衛士たちは、ニヤニヤしながら、その様子を見ていた。

・・・・・・・・・・・

 衛士たちの動きから、アカは、今、自分がいる場所が、既に、都であり、その中枢に近いことを悟った。かつての戦場の陣から、白太夫様の都の奥の本拠地へ移されたらしい。アカの寝かされている部屋は、小さいが、設えの綺麗な、整った木々の床と壁で、障子は綺麗な新しい紙であり、所々、美しい紅葉の葉が透かしに使われている。

 食べ物が宛がわれる。クォモと一緒に食べた。つまりは、一見、粗末に見えるものであるが、中身は違う。粟餅とは名ばかりで、色白で、たまに小豆が入る。殿上人の口に入るもののおこぼれで、設えられている。

「美味いか。精をつけ、早く、傷を癒せ。蜜が欲しいと言っておったが、ここに少しある」

 懐かしい、油紙の中に、品の良い大きさに砕かれた、巣蜜が現れた。残念ながら、蜂の子はいなかった。

「一人で食うより、男前のそなたと食らう飯は上手い。・・・昔、幼い頃、戯れで、口移しで、蜂の子を与えてくれた男子おのこがおってな・・・」
「海の民の仲間か?」
「・・・さあ、今や、どこにおるのやら・・・生きているのか、死んでいるのか・・・?」

 アカは、サライのことを思い出していた。そう、今回の里に火つけをしたのは、他ならぬ、サライが率いていた一味だった。解っている。長いこと、諸国を回り、その間に、サライは、我に裏切られたのだからな。その間に、薹に捕らえられ、二重の間者に成り果てたのだ。サライには、このお役は丁度、良かったのじゃ。本気で、海の民の里に、火を点け、アグゥを殺した。仕返しをしたのだ。アグゥが、我を奪ったからだ。結局、『流れの印』を施した男は、アグゥだったのだから・・・。そして、我の右胸に、小刀を二口、指し入れた。身体を痺れさせ、あの窟で、我を・・・。

「忘れるな、アカ、・・・忘れさせない・・・俺を憶えておけ・・・」

 火の中、薹の一味に混じり、サライは消えていった。真面目で、優秀な海の民だった、サライは、今や、東つ国の転覆を目論む、薹の手下に成り下がったのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 時の帝、定子院帝は、御年十九歳の、面差しが涼やかなお方であった。その片腕が、文官である、かん様である。お二人は、北の大陸から来た、薹の侵略から、この東つ国を護ろうとしていた。特に、過去の東つ国の成り立ちである「畸神伝説」を廃し、自分達、亜素が太祖と偽り、この国毎、乗っ取ろうしているのだ。それを、阻止するべく、援けているのが、白太夫様である。各地の漂白の民の纏め役であり、貴族の立場でありながら、裏の役割として、命を受け、密かに動いている。

 漂白の民こそが、「畸神伝説」を諳んじ、口伝にて、伝えてきた者だった。各地の者が時代毎に分担し、それぞれの形で、謡という形で諳んじてきた。多くは、巫女の役割であり、アカは、母親のチシオから、口伝を授かった、海の民の流れ巫女の一人だった。その存在そのものが、この国の宝であり、真実の証なのだ。しかし、これこそが、薹にとっては、邪魔な存在で、その記憶と共に、抹殺の対象とされる。本来ならば、アカこそが、今回の、海の民の里の焼き討ちで、最初に殺されるべきだった。しかし、アカは、寸での所で、生き残り、山の民のクォモの手で助け出された。

 彼女を狙った、その海の民出身の、二重の間者であった若者は、何故か、彼女を殺しはしなかった。その代わり、極細い小刀を右胸に指し込んだ。それは、今や、白太夫の手で抜き取られたが、これは、呪詛である。薹の呪術を施したのだ。・・・二重の間者は、シュクと名乗っていた。表意では「宿」と称し、それは、生まれ里で親から施された、サライという、その名と同意であった。
                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 「都の奥座敷へ①」 舞って紅 第六話

 お読み頂きまして、ありがとうございました。
 このお話も、第六話を迎えました。
 侵略者に奪われつつある東国の、その核である「畸神伝説」を守るために、その真実を知る、漂白の民たちは立ち上がります。伝説の謡を知る「謡巫女」を護るために、彼らは密かに動き始めます。主人公アカは、その謡巫女の一人でした。みとぎやのお話の中では、重めな話になりますが、使命を果たそうとする、漂白の民たちを応援しながら、毎回、お話を書いています。読んで頂きまして、嬉しいです。

 ここまでの纏め読みは、こちらから。
 宜しかったら、お立ち寄りください。

🌟昨日のイメージイラストは「指南の文書よりも」からでした。
 扉絵の加工か、どこかに挿絵か、追加させて頂きました。御覧下さい。


この記事が参加している募集

#スキしてみて

525,563件

#歴史小説が好き

1,216件

更に、創作の幅を広げていく為に、ご支援いただけましたら、嬉しいです😊✨ 頂いたお金は、スキルアップの勉強の為に使わせて頂きます。 よろしくお願い致します😊✨