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頼まれごとは、生涯一の仕事 その七         艶楽師匠の徒然なる儘~諸国漫遊記篇~ 第七話

 前回、いよいよ、その目的の浜の近くまで、不思議な到津という神官の若者と共に、錦織の酒問屋の舟に乗せられてやってきた、艶楽と庵麝。さて、無事に、その浜に着くことができますやら。

・・・・・・・・・・・

「旦那ぁ、多分、もう少しすると、この辺り、また、荒れ出しやすぜぇ」
「ああ、これ以上、近づくとねぇ、多分、あかんなぁ」
「そうなんですかい?・・・えー?今は、全然、波も穏やかで、なーんともないんですけどねえ・・・」

 艶楽が不思議に思うほど、海は凪いでいる。

「ああ、大体、その岩を通り過ぎて、湾に入ると、荒れ出しますんで、どうしますか?旦那ぁ、行きますか?」

 舟を操っている船頭の重吉が、錦織に声を掛ける。

「今は、こんなに凪いでるのに、かなり、荒れるが、難しけりゃ、なんとか、引き返すが・・・」
「でも、目の前に見えてんだから、少し、荒れるぐらい、水を被ったって、大丈夫だよ、ねえ、あんた」
「・・・」

 もう、庵麝先生ったら、頼りない、

「ちょいと、しっかりおしよ、もう」
「どこに捕まればいいんだ?」

 その時、船倉から、到津が現れた。

「大丈夫です。この太い帆柱に捕まってください」

 その通りに、その帆柱に、艶楽と庵麝はしがみ付いた。

「いいですかい?行きますぜ」

 大きく船頭の重吉が舵を切ると、舟は湾に入り始めた。
 すると、間もなく、辺りは暗くなり始め、舟の揺れが激しくなり、あれだけ凪いでいた海が、急に大きく波打ち始めた。船は左右に揺られ、振り回される。たちまち、海は、嵐の中に突っ込んだように、荒れ始めた。

「ああ、あああっ」

 艶楽の腕がその大きな帆柱から、離れた。甲板の上に転げたが、海に落ちることはなかった。舟の縁に捕まり、波を何度も被る。

「艶楽さん、大丈夫か。そこの綱に捕まるんやぁ」
「はい、はいっ」

 まだまだ、海は荒れ、船は浜に着かせてもらえない。重吉は賢明に舵を取ろうとするが、不思議と、行く方と反対の力がかかり、それを留める形になる。一行に、船は進まない。

「あ、あああっ!」
「艶楽、どうした・・・?・・・大丈夫か?」
「荷物がない、文書、巻物の文書を背負っていたのに・・・」

 艶楽は、自分の背に背負っていた、身体に括りつけていた荷物がないことに気付いた。それには、頼まれごとの文書の巻物が入っていたのだ。

「どうしよう、あれがなかったら、せっかく、ここまで来たのに、意味がなくなっちまうよぉ・・・」

 その時、ざぶーんと、舟から、何かが落ちたのが見えた。

「・・・なんだい?!今の・・・」

 錦織が叫んだ。

「あああ、まさかっ・・・」

 すると、間もなく、船頭の重吉も叫んだ。

「え・・・・あ、舵が、動き始めましたぜ、旦那」
「え・・・ちょっと、きっと、あの子が落ちたんだよっ、ちょっと、重吉・・・」
「いやあ・・・この荒波の中、落ちたんなら、もう無理だと思いますぜ」

 それぞれが、自分が舟のどこかに捕まるのに必死で、他の者には、到津が、本当に落ちたのかもわからない。

 すると、ふわあと、日の光が当たり、雲が切れ、あっという間に、海は凪ぎ、落ち着いてきた。

「よし、これで浜まで進めますから。近くに行ったら、小舟を下ろせますぜ」

 皆、一息ついて、捕まっていた手を緩めていた。すると、錦織が、辺りを見回すと、叫び始めた。

「到津、到津・・・いないかい?・・・ちょっと、アンタたち、到津を探して」

 舟の上や船倉を、男衆たちが探したが、やはり、到津の姿は見当たらない。

 すると、海の上に、浮かんでいるものを、一人の男衆が、櫂でひっかけ、引き上げた。

「ああっ、それは、烏帽子・・・」

 確かに、それは到津の被ってた烏帽子だった。

「ああ、やっぱり・・・なんてこった・・・もう、あかん・・・」

 艶楽と庵麝も、このことで巻物どころではなくなってしまった。

「どうしますかい?旦那、小舟を出していいですかい?」
「ああ、あああ・・・到津・・・」

 なんで、こんなことになっちまったんだろうねぇ。

「・・・庵麝先生、人っていうのは、どんだけ、沈んでられるんだい?」
「・・・」
「・・・到津さん、落ちちまったのかい、本当に・・・」

 艶楽が浜の方を見やる。

 ・・・あと少しで、浜に着くのに、これじゃあ、行かれない。ごめんよ。仙吉さん。可哀想に、若い身空で、到津さんが・・・あたしの所為だ。

 そう思った時、目線の海の中に、何かが浮かんできた。

「あああ、あれ、もしかして、文書じゃあないのかい?」
「いや、艶楽、あっても、散り散りになってるはずだ」
「でも、ほら、あれ・・・え?」

 少し広がった状態の巻物の端を掴んでいる、人の手が見えた。

「あああ、あれ、ひょっとして、到津さんの・・・?」
「どこ、どこや?艶楽さんっ」
「あれ、あの紙が長ーく流れてる、あの先に・・・」
「小舟、小舟を早よ、出してぇ、あんたたち」
「はいっ」

 小舟を出し、錦織と若衆が乗り込もうとしている。

「錦織の旦那、ちょっと待って、先生、行ってやって」
「わかった、引き上げたら、診る」

 その小舟に、庵麝も乗り込んだ。

 巻物を引き寄せると、ぷくぷくと泡が上がってきた。
 突然、バッという音ともに、人が飛び出してきた。

「ああっ、到津!!!」

 何事もなかったかのように、水の中から現れた到津は、何度か、息を大きくつくと、落ち着いたようで、にっこりと、微笑んだ。

「はあ、少し苦しかったですが・・・」

「ちょぃとぉ、先生、診てやって」

 艶楽は舟から、小舟の上の庵麝に声を掛けた。

「・・・大丈夫か?水は飲んでおらんようだな」

 到津は、にっこりと微笑んだ。それを見て、一同は安堵した。

「ああ、到津、今度こそ、死んだかと思ったわよっ」

 錦織は到津を抱きしめた。

「まだ、死にませんよ。大丈夫、それより、これ」

 到津は、何もなかったかのように、巻物を綺麗に巻いた。

「これは・・・艶楽!!」
「良かったねえ、到津さん」

 艶楽が、小舟に向かって、手を振ると、到津が元気に手を振り返した。

「それもそうだが、この巻物、・・・少ししっかりと、なんというのか、時間が戻ったかのように・・・」
「え?・・・ああ、なんだい?まぁ、小さい声で呟いても、解らないから」

 その後、小舟は浜に錦織と到津、そして、庵麝を下ろし、元の舟に戻り、艶楽を乗せて、また、浜に着いた。

「ああ、とにかく、到津さん、良かったよぉ・・・まさか、巻物を拾うために、海に飛び込んだのかい?」
「ええ」
「まあ、そんな無謀なこと・・・」
「拾いなさいと、海の中に水神様のお遣いが助けてくれて、大きな空気の泡の中に入れてもらって・・・」
「え?」
「まあ、それは後でええわな。とにかく、その、艶楽さん、頼まれごと、進めにいかんと」

 艶楽と庵麝は、錦織や到津、そして、船の若衆たちに、深々と頭を下げた。

「ありがとうございました。調べてきますので」
「はい、どうぞ」
「ああ、本当だ、同じ物に違いないのに、なんか、濡れたのに、しっかりしたねえ、・・・それも到津さんのお力かねえ?」

 到津は、ニコニコとして、首を横に振った。

「私の力ではありませんよ。あと、そのお調べ、私も、ご一緒させてください」
「え、そうかい?いいんですかい?錦織の旦那」
「んー、まあ、その、あれやなぁ、あれよね?到津」
「困難なほど、良いことがあります」
「わーかった。ほな、あたしも一緒にいきますわ。重吉、舟をたのんだよ」
「はい、わかりやした」

 そんなわけで、この四人で、伝説の浜を調べることとなった。

「うーむ・・・色々と気になることばかりだが・・・」
「何だい?庵麝先生」
「・・・また、臭いが酷いのだ。きな臭い・・・これは、酷い・・・恐らく」
「え?」
「火傷をした者と同じ臭いがする・・・」
「えー?火の気なんか、ないし・・・」

「で、お二人さん、どっちの方に行ったら、いいんや?」
「いえね、先生が、さっきから、きな臭いって」

 すると、到津が、悲しそうな顔をし始めた。

「その臭いは、恐らく・・・この地の記憶です。きっと」

 艶楽が周囲を見ると、大きな岩場があった。

「あれ?あそこに人がいるね、女の子かな?とおじいさんかねえ?」
「・・・ここは、禁則地。人は入れないはずやけど・・・」
「でも、ほら、」
「はい」
「ねえ、到津さん」
「はい」
「えー?どこに?」
「私もわからないのだが・・・」

 どうやら、艶楽と到津には見えて、錦織と庵麝には見えないらしい。

「はいっ」

「ああ、本当だ、おったわ」
「ああ、いましたな、あそこに・・・」

 何をしたのか、到津がニコニコとした。これで、一応、全員が、その者たちが、見える状態になったようなのだが・・・。

 さて、嵐の困難を乗り越えながら、最初の伝説の土地に、ようやく、降り立った、艶楽一行。果たして、その伝説にたどりつけることができるのか?
次回は、少し先になると思いますが、お楽しみになさってください。

                            🌸つづく🌸


みとぎやの小説・連載中 頼まれごとは、生涯一の仕事 その七
            艶楽師匠の徒然なる儘~諸国漫遊記篇~ 第七話

 何日振りの小説投稿でしょうか💦大変、お待たせ致しました。
 どうやら、この地が禁域だった理由は、危ないからだったようなんですね。立ち入ろうとすると、海が荒れたり、沖まで流されちゃったり、色々とあるようなんですね。
 次のお話辺りで、多分、最初の場所に辿り着いて、艶楽さんは。何かを手に入れられるのかもしれませんね。 

 余談ですが、このサブタイトルともいうべき「頼まれごとは、生涯一の仕事」という言葉は、ある方に教わった心意気のことです。みとぎや自身、今回の新企画は、この心意気で取り組ませて頂こうと思っております。特に、創作のことでいただいた、アドバイスやリクエストは、自分の考えに乗った場合に於いては、ますます、そのようにしていきたいと思っている所です。

 艶楽師匠も、仙吉さんに頼まれたことを、今、顔晴っている所ですね。

 こちらのお話の纏め読みは、このマガジンからできます。気になった方は、是非、ご一読、お勧めです。







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