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第二十六話「ご朝食をお持ち致しました」 桐藤と一の姫②

「さてね、柳羅リュウラは、美加璃ミカリと違って、おっとりしてるというかね・・・桐藤、聞いてますか?」
「はい・・・、ですが、今朝は、亥虞流イグル元帥から、軍部についてのお話を聞くと、伺って、こちらに参ったのですが・・・」
「あああ、そう、そうなんだけど、亥虞流殿も忙しくてね、それで・・・」
「お妃様らしくないですね。歯切れが悪いようですよ」
「あのね、桐藤、今日から、柳羅の薬を飲ませに、行ってもらえないかしら、と思って」
「そんなことですか?わかりました。お時間は・・・」
「お食事の後ですから、できたら、それもご一緒に・・・」
「・・・それでは、朝食、投薬、10時にはお勉強、昼食、投薬、3時にはお茶、夕食、投薬・・・。1日中になりますね」
「あああ、そうねえ、いいじゃない、それでも・・・ねえ、桐藤キリト
「お妃様、なんで、そんなに、遠回しに、仰るのですか?」
「桐藤・・・」
「僭越ながら、儀式にも参じておりましたので・・・ご命じ頂ければ、為すべき処し方、進めさせて頂きますが」

 桐藤は、妃の足元に跪いた。お妃は、生真面目な桐藤らしい受け答えに、半分やられた感もあり、溜息をついて、微笑んでから、桐藤に命じた。

「一の姫の『奥許し』を命じます」
「ありがたくも、光栄に存じます」
「・・・でもね、桐藤、これは、任務とか、そういうのとは違っていて、・・・」
「僭越ながら、昔話を思い起こすのも忍びないのですが、貴女様が、僕に、施したのは、このことの為ではなかったのですか?」
「あ・・・まあ、そうだったかしらね・・・」
「ご心配なさらないでください。・・・その実、これまでも、姫のご体調とお心向きを拝見しながら、互いに、ゆっくりと進んでまいりました。いきなり、どう、ということでもございませんので、ご心配に及びません。これからも、僕たちのペースで進めさせて頂きますので。くれぐれも、二の姫様の所と同じではないと、ご理解ください」
「そう・・・?そういうことなら、結構。安心致しました。桐藤、一の姫を、くれぐれも、よろしくお願いしますね」
「そうですね、あと、場合によっては、最後のお薬と、翌朝の朝食の間の時間も・・・」
「・・・まあ、懐かしいわね。そうだったわ。そんな、含みのある受け応えをするのよね。お前も、この所、ずっと、政(まつりごと)に関わる仕事が多かったから、忘れていたけど・・・、杞憂だったわね。わかりました。安心しました。任せますよ、全て」
「御意」

 朝一番に、亥虞流殿が来るわけがない。つまりは、今朝から、そのように、ということだ。・・・さて、姫付女官の暁に、一の姫の食事について、きいてみるか・・・。

「桐藤様、いつものお食事と、お薬がこちらです」
「最近の、一の姫の、お好きなものは、解りますか?」
「そうですね、ゼリーなどのさっぱりとしたデザートがお好きなので、蜂蜜と甘草のを、厨房でも、お作りさせて頂いていて。温かいミルクで解いたチョコレートも召し上がります。これは、エネルギーが取りやすいみたいですね。果物もお好きです。あまり、肉とかはお好みでないみたいで。お酒は多少召し上がって、その時はチーズや木の実を召し上がることがあります。今朝のご朝食分には、そのゼリーが添えられていますので」
「成程、だから、やはり、あんなに細くてらっしゃるのか・・・少しでも、召し上がって頂けるように、ご一緒致しますので、僕の分のお膳も、用意して頂けますか?」
「桐藤様は、一の姫様の、全面的な看病に入られるということでしょうか?」
「・・・暁、君は、なんて、賢いのでしょうね。お妃様に、その言い回しをお伝えください。他の者の手前、その方が、オブラートに包む感じで、不快がないでしょう」
「あ・・・!・・・これは、大変、失礼致しました」

 暁は、俯いて、少し赤くなった。

(あ、そうでした。「お許し」が出たのでしたね・・・)

「ありがとう。暁。君は姫の直接の世話役の女官でしたね。これからも、姫のこと、もっとよく教えてください。よろしくお願いします」
「は、はい、桐藤様」

 桐藤が手ずから、食事をワゴンに乗せて去った後、そこに居合わせて、息を顰めていた女官たちが、暁の側に取り巻いていた。黄色い声が、さざめいている。

 女というものは、よくわからないが、こういうのが好きだ。人の大事を垣間見たり、嗜虐性の塊か、と思うこともある。(まあ、それを利用して、色々したこともあったが・・・)

 でも、俺の知る限り、一の姫は違う。とても、純粋で、高潔で、皇宮すめらみやの闇に毒されていない心栄えのお方だ。それが、その可憐で、美しいお姿にも現れている。市井の女たちと一緒にしてはいけない、慎ましく、気高く、尊い存在だ。伝えられている、婉耀エンヨウ皇太后の若かりし頃に生き写しと聞いている。御真影から見ても、よく似てらっしゃる。柳羅姫様は、名実ともに、スメラギの古式床しい、正当の皇統の姫なのだ。

 そう、以前から、はっきりと、気持はお伝えしてきたのだが、いよいよ、その時が来たのだな・・・、実感に欠けるが、ようやっと、その運びになったということで・・・。

 昨日、あの後、美加璃姫が、何やら、様子を伺いに行ったらしいが・・・、まあ、あのお転婆で、頭の軽い方のお相手は、さぞ、難しかろうな、柚葉。でも、とてもお似合いだと思うが。二人で歩いていると、華やかな社交界の代表のようで。見た目がすごく派手というのは、ある意味、得なことだろう。破天荒な姫のご乱行については、公安も厳しく追っている所だ。あの節操無しを抑え込めたら、褒めてやるからな、柚葉。

昨日差し上げた本を、恐らく、遅くまでかかって、読破されてらっしゃるに違いない。まだ、お休みなのかもしれないが・・・

「おはようございます。一の姫 柳羅様。桐藤にごさいます。ご朝食をお持ちしました」

 ノックをしても、お出にならない。・・・鍵は、以前から、預からせて頂いていますから、このような時に、入室してもよいことになっている。この権限は、ご家族と、俺だけしか、持ち得ないものだ。

「失礼致します」

 やはり、お休みになられておられる。カーテンがまだ、引かれて、薄闇の中、小さな寝息が聞こえてきた。ワゴンは部屋に入れ、まだ、そのままにしておこう。傍のスツールに腰かけて、お目覚めを待つことにしようか・・・。

 昨日のお許しの後、『蜜餅の儀』に際し、スメラギ皇統に対し、共に、誓わせて頂きましたね。蜜餅が、姫にお薬を差し上げるのにも似ていて、思わず、互いに微笑んでしまいましたね。貴女が嬉しそうにされてらっしゃることが、俺にとっては、何物にも代えがたいことで・・・しかしながら、皇妃様や暁の目の前で、そんな顔をすることもできませんから、何とか、澄まして、遣り過ごしてはおりましたが・・・。

 さて、そして、昨日の、本を差し上げたという、俺の意図することがお解りになれば、今後のことを理解して頂き、進めやすくはなる筈だと思っているのだが。ただ、奥ゆかしいご性格の故に、今までの続きという感じで、ゆっくりと進めさせて頂かなければならない。それは、わかっている。・・・そして、貴女ご自身が、今以上に、俺を求めてくださるように、仕向けなければ、なりませんからね。

 僭越です。ご無礼、お許しください。ご拝顔、仕ります。

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