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椿 堂 その三 舞って紅 第五話

「アカ?」
「だから・・・」
「・・・どういうことなんだ?・・・まさか、お前・・・」
「我が好きなのは・・・」
「嘘だろう?」
「でも、まだ、御印は頂いていない。誰からも」
「だとしても・・・これは、いくらなんでも、道を反している・・・」

 アカの瞳から、泪が零れ落ちた。

「俺とは、どういうつもりなんだ?」
「サライも、好きになった」
「本当か?」
「でも、御印を頂くには早いの、あたしだって、解るよ。ウズメ姉から、少なくとも、後1、2年待ってと・・・後は、お相手が上がれば、その手前までならって・・・」
「・・・ちょっと、待って、・・・おいで」

 上衣を肌蹴たアカを抱き起こし、サライは、更に、抱き締めた。見たは良いが、そこには、手を触れることができない。それは、先般の女官と、初めて、肌を合わせた時の躊躇に似ていた。

「まあ、そういうこと、可愛らしい・・・大丈夫よ、後で、良いことを教えてあげるわ・・・、だから、ね・・・」

 その時の俺も、心ならずに身を切った気分だった。半分、解らなくなりそうになりながらも、その情報を記憶した。そして、キチ兄に、それを伝えたんだ・・・。

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「アカ・・・」
「嘘ついたり、ごまかしたりしてたわけじゃない。いはけないと言われていれば、楽だからな・・・」
「アカ、じゃあ、何故、師匠は、今日・・・」
「そういうことなのじゃ、きっと」
「・・・どういうことだ?」
「何もなかったように、アカは、好きなサライのものになる」
「・・・アカ、投げやりにしか、聞こえない」
「ごめん。サライのことは好きだ。息作りも気に入った。でも、違う感じも解った。アグゥが、やっぱり、一番好きなのが、・・・解る。でも、もう、アグゥはダメだって、思って、アカをサライに渡そうとしたんだ・・・」
「アカ・・・」
「アカは、女になりかけてる。身体も印を頂いた。この感じの行場を、どうすればよいか、解らない。ウズメ姉が言った。これが、流れの底力だと。『気』と『想』なのじゃと。・・・サライの恋人にしてくれ」
「・・・いいのか?本当に?」
「うん、もう少ししたら、全部、あげられる。あと、1、2年待ってくれりゃ」
「アカ、お前を困らせるようなことはしない、俺だったら」
「すまない。サライ。今は、何か、おかしくなりそうだから・・・」
「同じぐらいだ。多分、俺が知ってる感じと、お前のそれ・・・だから、満たせるかは、解らないけど・・・アカ?・・・待て、そんな・・・」

 アカは、サライを押し倒して、その上に跨る。首筋に口づけてくる。

「アカの知ってることはできる。できないのは、最後の交わしだけ」
「・・・」

 サライは驚いた。導きのウズメの所作、敵地の女官の所作と、それが全て重なる。何のことはない。いはけない振りをしていた、アカは、より幼き頃から、寝所の役目を務めてきたというのか・・・父親である、アグゥの・・・。

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 アグゥは、一人、海を見ていた。これまでのことを思い出していた。

 妻のチシオを失った悲しみは、その娘のアカに、人知れず、向けられていた。里の纏め役でありながら、一人で、娘を育て乍ら、後添えも迎えずに、立派に、この海の民を纏めてきた。アグゥが、拠り縋ったのは、チシオに生き写しの娘のアカだった。

 アカは、父が大好きだった。アグゥとそのまま呼ぶのは、母のチシオのしていたことだった。赤子の時から、母の呼ぶように、父を呼んでいた。それをそのまま、アグゥは許し続けた。周囲は、独特な父娘の信頼の証として、捉えていた。最近では、その声、呼び方もそのままとなっていく。幼いアカと添い寝していたある日、甘えるアカを抱き締める。それが、意味を変える瞬間が訪れる。

 アカが八歳の冬、寒さの余り、アカが執拗にアグゥの肌の温みを求めた。アグゥは、当時の白太夫の信頼を受け始めた頃で、やたら、死地に赴き、その心労は余りあるものだったのだろう・・・。海の里に戻ると、アカが出迎えてくれた。アグゥは、父娘という柵を取払ったのだ。アカは、それを父からの当然の施しと、受け入れた。小さな身体は、大人の男を受け入れることができない。いずれ、流れに出さなければならない、チシオの二代目である。無碍に、自らが傷つけるわけにはいかない。それだけは守ってきたが、時期尚早ではあるが、いずれ、流れ巫女として、必要とされる、寝所での尽くしを躾けたのである。見る程に、チシオに似てくるアカ、従順に、父を慕い、甘え、尽くす・・・それに、アカ自身は境をつけることはできない。ただ、印を見るまでのこと。これは、その日までのことだと、気づいたウズメは、アグゥのそれを、咎とすることを抑え、支えることに決めた。ウズメも夫を戦で亡くしていた。以来、姉の夫であるアグゥに、人知れず、思いを寄せてきていた。

「アカが一人前になる時には、こちらに任せて。あんたが困れば、形だけでも、あたしがいる・・・」

 サライが、アカに思いを寄せていることに、アグゥは気づいていた。5つ年上で、年頃も丁度よいと思っていた。仕事ぶりも、その使命感も、流石、片腕のイブキの息子だと、認める所であった。アカが印を見た以上、早めに、形だけでも、設えてしまうのが良いだろう、とも、アグゥも思っていた。印を見た夜から、アグゥは、アカと別の部屋で、休むことにした。アカは泣いた。だから、ごねる。「アグゥと寝る」のだと。何故、今更、離れなければならないのだろうか?アカは、困惑する。

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「アグゥは、完璧な男じゃ。あたしには、アグゥしかいない」
「アカ・・・だから、それは」
「うん、ごめん。その次に、サライが好きになった。だから、サライの嫁になる。サライは優しくしてくれる。息作りも上手い。それと・・・」
「アカ・・・今は、いい。その先は、しなくていい」

 アカが事もなげに、サライの腰帯に手を掛ける。いはけない・・・筈のアカのすることじゃない。

 サライは、泣けてきた。これでは、流れ以上に、流れではないか・・・。民の中での決め事を犯してまで、為すべきことなのだろうか?・・・いはけない、と言われていたことは、むしろ、当たり前で、これから、ゆっくりと、アカと進んで行きたかったのに・・・。

 サライは、唇を噛み締める。

「アカ、俺は師匠には勝てないかもしれぬ。力も、その度量も、俺の父者ですら、頭を下げ、従う程の強者だ。いくら、修行しても、辿りつけない程の。海の民としては、白太夫様の一の間者でもある。アカが、一番と言っても、おかしくないのかもしれぬ。だが、ことわりはそれを許さない。それは解るな?」
「・・・解らん。何故なのか・・・」
「全てが狂うてしまうと思う。師匠は、そなたの父者なのだから」

 違う、そんなの関係ない。関係ないのじゃ・・・と。

「だから、サライの嫁になる。これでいいんだろう?」
「アカ・・・」

 サライは、アカの気持ちそのものを、変えることができないだろうかと考えていた。まだ、アカは、自分のものになったわけではない。今後も、戦や命で動かなければならないことは必至だ。アカを里に置いていくことになる。すると、そのアグゥと、残ることとなる。

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「寒い。アグゥ、懐に入っても良いか?」

 あんなに寒がって、俺に取り縋ってきた。一瞬、チシオだと思った。戻ってきたのかと・・・。気づいた時には、遅かった。それは、チシオにそっくりの顔つきとなり、幼子から、少し、育ってきたアカだった。素直に取り縋り、それは、アカにとって、普通のことと感じられた。里を離れた俺が戻ってきた時には、迎え入れてくれた。それは、温かく、愛おしいものだった。・・・違うと、いけないと解ってても、留めることができずに・・・。

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「あたしは、そのことが、誇らしかった。アグゥの何かが変わったとも思わず・・・、でも、ここへきて、ウズメ姉が、色々と教えてくれるようになった。誰にも言ってはいけない。・・・男女のことは、知らぬ振りをすればよいと・・・」
「アカ、少しでも早く、祝言を上げよう。俺と住めばいい。すぐ子を為して、流れもせんでよくして・・・」
「無理じゃ。我は、流れじゃ。天性の、天賦の流れじゃ。母者の血を継いでいる・・・そう、アグゥにも言われた」
「なんと・・・頼む、それ以上、言わないでくれ」
「ごめん、サライ。もう少し待てば、時が来たら、あたしは、サライの嫁になるから」

 いっそ、この場で奪ってしまおうか。思う反面、サライは、愛しい筈のアカが、得体の知らない、そして、自らが知り始めた、女という生き物なのだと思うと、その身は竦んだ。抱き締めてやることで、今は、精一杯だった。息作るが、蜜を交わしていた時の方が、遥かに、その感覚は、愉悦に満ち、痺れていた。

                                                                                                         ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 「椿堂 その三」 舞って紅 第五話

お読み頂きまして、ありがとうございます。
次回は、時間が戻り、手負いの流れ巫女が、息を吹き返します。
お題が変わりまして第六話「都の奥座敷へ」というお話になります。
これまでのお話は、こちらのマガジンから、お読み頂けます。


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