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私のあつい夏

あまりに暑すぎた夏も過ぎ去り
すっかりマフラーまで引っ張り出してしまったが

この夏、出演した舞台のことを書こうと思う。

稽古が始まるという時に一度noteを書いて
それ以来だった。
舞台のことを書こうとか、いっそのこと、
この夏の事をまとめて書こうとか考えているうちに
衣替えを済ませていた。
季節の流れは早すぎる。

以前どこまで書いたのかあまり覚えていないが
舞台の上に立つのは実に4年ぶりで
台詞もなかなか覚えられず、自分から発された言葉、間合い、全部が拙くて絶望するところから稽古は始まった。

10年芝居を続け、その内7年くらいは
役者としてご飯を食べて行こうと躍起になっていた。
しかし、私は諦めた。
世界の厳しさも、無慈悲さも、自分の実力不足も理解するには十分すぎる時間だったと思う。
演じることが私の全てだったのに、それをぜーんぶ手放して、しっかり蓋をした。
あんなに輝いて大好きだったものを、嫌いになってしまわないうちに、手放すしかなかった。

全てだったものを失った私の4年間は、
思いの外それなりに楽しかった。
普通に働いて、普通にご飯を食べて、普通に遊んで、普通にお酒を飲んで、普通に恋をした。愛の真似事なんかもした。
だけど、夢中になれることなんてひとつもなかったな。

そんな時、高校演劇部の顧問から声がかかったのだ

“「あなたにぴったりの役がある、一緒にやらないか?

もちろん少しは悩んだ。
今の私に出来るのか?働きながら両立出来るのか?
だけど役者を一度は本気で目指した身だ、
こんな殺し文句にNOと言えるわけがない。
どんなに小さな役でも、場所でも、必要とされることがどんなに嬉しくて大切か、そして貴重な事か、
私は知っている。

結果として本当に楽しく有意義な時間だった。
もちろん苦しい時もあったけれど
それも含めて幸福だった。
アマチュア劇団だからもちろんギャラなんて出ない。
稽古や公演期間中の交通費でむしろマイナスだけれど、
そんなことどうでも良いくらい、幸福だった。

舞台に立つことをもうやめようと決めたあの日は
もう2度と戻らないだろうと、結構な覚悟を持っていたはずなのに。
またこの幸福を知ってしまった私は、
これから先どうやって芝居と共に生きて行くかを今もずっと考えている。

芝居をするということは、誰かの人生を生きるということだと思っている。
誰かの人生を生きるためには、責任が伴うとも思っている。
まずは私自身がしっかり生きないと、
役が生きられるわけがない。
脚本と向き合う時、役と向き合う時、台詞と向き合う時、私にとっては「生きている」と1番感じることができる。
それに、本番が来るのはこわいけどそれ以上に本当に楽しみなのだ。
こんなに楽しみな事はやはりこれ以外にないと、改めて感じた。
小学生の頃の遠足や運動会の前日、あの眠れないワクワクの
150倍くらい楽しみなのだ。

よく考えてみたら、こんな麻薬的なものを
手放せるわけなんてなかったんだなと、
今となっては思う。
だからこれから先の人生をどうやって芝居と共に生きるのか、考え続けたい。
まああと1年半くらいは余裕がないので、その後にはなるのだけれど…。

そんな暑い暑い夏だった。

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