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私は井の中の蛙

さて、何から話したら良いかわからないが
私の過去の話からして行こうと思う。

私は中学校で演劇部に入り、
そこから高校でも演劇部に所属していた。
振り返るとお芝居も好きだったがそれよりも
「高校演劇」というものが大好きだったようにも思う。
とにかく私は演劇、芝居にすっかりハマってしまった。

そのまま大学でも演劇を学び、
商業の芝居にも挑戦した。
あっさり挫折することになるのだが、
その頃は俳優として食べていくことを本気で夢見て、
疑っていなかった。

高校演劇という狭い世界の中では
多分私は少し目立つ存在で、自信も誇りもあったけれど、
広い広い世界に出てみれば、自分はあまりにちっぽけで
役や、仕事をもらえるだけでありがたく、
「この役を絶対にやりたい」「この役は私にしかできない」というような自分を突き動かす、燃えたぎる想いなんて気付けばなくなっていた。
ただ、どんな小さな役でも舞台に立つ事だけで精一杯だった。
私にはこの世界で闘う技量も、
しがみついていく強さも、
そんなことに気付かないふりをする鈍感さも、
何もなかった。

何もなかったから、今はすっかりただのOLになっているのだが、
最近、高校演劇部時代の顧問の先生から声がかかった
彼はいわゆる演劇のオタクで
先生業をして、演劇部の顧問を今も持ちながら
長期休みには、社会人劇団を立ち上げて活動しているのだ。
どこまでもオタクだなあと感心する。
そんな彼から
「あなたにぴったりの役がある、一緒にやらないか?」と突然連絡があった。
連絡を取ったのなんて本当に高校卒業ぶりだったのだが、あの頃となんにも変わらない彼に安心したりした。

さて、先日初めての稽古に行って
会っていなかった数年間の出来事を話したりしながら
高校生ぶりに発声練習なんかして
何も疑わず俳優を目指していたあの頃の自分にまた会える気がした。
そしてこんなに狭い世界の彼らは
あの頃と何も変わらず
私に期待してくれているのだとわかり、
涙が出そうになった。
この狭い世界が、彼らが、私を井の中の蛙にしてくれて、
夢を見させてくれていたのだと、
何年も、何年も経って、やっとわかった。

これから夏の公演に向けて稽古が進んでいく。
あの頃と違い、毎日毎日お芝居のことを考えることは許されないけれど、週末ばかりは日常を忘れ、
彼らの期待に精一杯応えたいと思うのだ。
彼らが私を俳優にしてくれる。

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