日常に潜む恐怖

何年か前、
居酒屋でアルバイトをしていた時のこと。

帰宅は深夜になることも多かった。


あの日も多分、0時は回っていたと思う。

バイト先を出て、川沿いにある無料駐輪場に向かう。
無料なだけあって、駐輪していい所に、消えかかった白線の枠があるだけの粗雑なものだ。
自転車や、バイクも、雑多に置かれている。

ポツポツと街灯はあるが、薄暗い駐輪場。

人気はないが、駅前なので自転車やバイクの数はそれなりだ。
自分の自転車を、見失うことも多かった。

「あー、今日どこ停めたっけな……」

辺りを見回しながら自分の自転車を探す。





「うぉ!」

思わず足が止まった。



街灯の下、見えた人影。
白い、ワンピースを着ていた……






そう。
ただ、白いワンピースを着た女の人が立っていただけだ。

それだけなのだが……

「ビビったぁ……」 

特別怖がりというわけではないのだが、
[深夜][人気のない場所][白いワンピース]
この三拍子が揃うと恐怖を感じる人はわりと多いのではないだろうか。

そして何より、数日前に観た『恐怖映像特集』の映像が頭をよぎっていた事が一番の原因だろう。


映像を振り払い、見つけ出した自転車に乗り自宅へ向かう。
鼓動はまだ、少し速かった。


しばらく漕いで、速くなっていた鼓動が落ち着いてきた頃。再度脳内再生された『恐怖映像特集』
しかも、よりにもよって、その特集内で自分が最も恐怖を感じた映像が流れ始めた。


母親が公園で遊ぶ娘を撮影している映像だった。
娘が誰もいない場所に向かって話をしている。
不審に思った母親が娘に近づき声をかける。
娘は母親の後ろを指差し、あの子と話していたと言う。
母親がカメラを後ろに向けると、
そこに立っていたのは、この世の者とは思えない顔をした、少女の形をした何かだった。



その何かが頭に浮かんだその瞬間。


「うぉぉぉぉ」


何かが叫んだ。


「でたぁぁぁ!」

声は発さなかった。
でも、頭の中ではっきりと叫んだ。

まるで、子供の頃に観た怪談映画のワンシーンのように。

力いっぱいペダルを漕いだ。
人生であんなに必死に自転車を漕いだのは、
後にも先にもあの時だけだ。

叫び声の正体はすぐに分かった。
反対側の歩道を千鳥足で歩いていた人影。

そう。
ただ、酔っぱらいが叫んだだけだ。


それが分かっても足が止まることはなかった。

過去最速の速さで自宅に着いた。
この記録は、未だ更新されていない。



[白いワンピース]と[酔っぱらい]

日常の中にあるなんてことのないもの。
そんなものに恐怖を感じてしまったあの日から
思っている事がある。



夜、白いワンピースで街灯の下に立たないで欲しい。

これは物凄く勝手な思いなので、今後は心に秘めておこうと思う。

でももう一つ。


これは少しだけ大きめの声で言ってもいい気がしている。



酔っ払いよ。



夜中に叫ぶな!



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