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アニメ『天官賜福』考察

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もう一度観たくなる? アニメ『天官賜福』一期・二期の解説&考察記事です。過去投稿記事を掲載。随時更新予定です。
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はじめに

 アニメ『天官賜福』に関する考察をしていくにあたって、その動機のようなものを書いてみることにする。  子供の頃、家に「世界名作全集」みたいな本があって、その中の世界の伝説や昔話を載せた一冊をよく読んでいた。中でもお気に入りのお話が中国の昔話で、『サンニャンツ(多分「三娘子」)』というタイトルだったと思う。女三人分、という意味だそうだ。何せ60年近くも前の話だからうろ覚えもいいところだが、そのあらすじを少し書いてみよう。  ある日旅をしていた男が、サンニャンツと呼ばれている

★1 花轎と折鶴

 とまれアニメ1話冒頭、プロローグ部分から。  事件の発端である嫁入道中のシーン。花嫁が乗っているのは花轎(かきょう)と呼ばれる輿(こし)である。新郎側が輿を出して、新婦を迎えにいく。新郎自身は家にいて新婦を迎え入れ、その後新郎の家で結婚式を挙げる。  このような輿自体は春秋戦国時代からあったが、これを人々が花嫁の出迎えに使うようになったのは、宋のあたりかららしい。本体の大部分は赤色で、華やかな装飾がなされ、めでたさと縁起のよさを表しているという。  通常四人で担ぐと聞いた

☆2 天界(謝憐、三度目の飛翔)

 本編のスタートは、雲の上に覗く小島のような地形の上を駆け抜けるように飛ぶ鳥の姿、更にその鳥さえ届かぬ崖の上に広がる美しい都の光景だ。  前回から引き続きのようで申し訳ないが、この鳥は鶴、更に言えば丹頂鶴であろう。丹頂鶴は中国で「仙鶴」と呼ばれているそうだ。  「寿星」という名の老人の姿をした、長寿を司る仙人がいるのだが、その乗り物が丹頂鶴だとされている。中国の古い絵画には仙人が鶴に乗っている図がよく描かれており、『寿星驾鹤(寿星が鶴に乗る)』と言われる絵なのだとか。  昔

★3 神仙説と道教

 古代中国、黄河文明と言われる文化的な生活を人々が手に入れた頃。しかし、人々は未だ東西南北の彼方に何があるのかを知らず、いつしかそこには不死の存在が住む不思議な世界があるのだと考えられるようになっていた。  東の蓬莱、西の崑崙等、耳にしたことがある方もいるだろう。『史記』巻二八「封禅書(ほうぜんしょ)」には東の世界について書かれてあり、その地にかつて辿り着いた者の話として「渤海の中に蓬莱、方丈、瀛州という三神山があって、さまざまな僊人(せんにん:魂が肉体から離れる術を得た人

☆4 呪枷と銀の蝶

 天界で負った負債(飛翔の際破壊してしまった金殿等に対する弁済、八百八十八万功徳)を返済するため、帝君(天帝、君吾)からの依頼を受け、謝憐は人界に降りて与君山(よくんざん)へ向かう。  それにしても、天界の通貨が功徳であるのは本当に面白い。  「功徳」は本来仏教用語であると思うのだが、「現在、または未来に幸福をもたらす良い行い」と手元の辞書には書いてある。だがこの場合はおそらく、信者が宮観や廟宇で参拝する行為やその際の供物のことだろう。線香一本一功徳といった感じか。  三

☆5 上天庭と中天庭

 相逢小店で、中天庭の神官、南風(ナンフォン)、扶搖(フーヤオ)の二人と出会い、手を貸してもらえることになった謝憐。南風は南陽(ナンヤン)殿、扶搖は玄真(シュエンジェン)殿から来たと聞き、謝憐は思わず茶を噴き出してしまう。  『天官賜福』の世界での天界には、上天庭と中天庭がある。     上天庭と中天庭があるのなら、下天庭はあるのか?     いや、ない。  と、日本語版原作小説(以下、原作と略す)には書いてある。  それによると、以前は上天庭と下天庭だったが、「下」はあま

★6 守護武神と五行説

*本文を始める前に*  以下は日本語版原作小説(以下、原作と略す)三巻時点での考察なので、もしとんでもない勘違いだったら、本当にごめんなさいして、この記事を全部書き直します。ご了承ください。  南風、扶搖の二人と共にその日の宿を求め、相逢小店で、与君山のある北の地を守護する裴茗(ペイミン)を祀っている「明光(ミングァン)廟」の場所を尋ねる謝憐。  ところが店主には、「そんなものはないぞ」と言われてしまい…。  中国の小説、アニメ、ドラマ等々において、日本人(否、おそらくは

★7 陰陽説

 「五行説」に触れたなら「陰陽説」についても書かないわけにはいかないだろう。それに私は陰陽説に関して、どうしても言いたいことがある。  そのことはこの記事の最後に書くが、あまりのことにひっくり返っても責任は持てないので、ご注意を。  陰陽説は前項の五行説と合わせて、よく「陰陽五行説」と言われている。これを説明するとまた長くなってしまうので割愛し、とりあえず陰陽説について書く。  陰陽説とは簡単にいうと、全てのものは「陰」と「陽」に分類され、それはいずれかが劣っているとか優っ

番外:おすすめ本『BLと中国』

 6、7と、続けて極端な考察をしてしまい少々くたびれてしまったが、私としてはずっと考えていたことを書くことが出来たので、一応満足している。ここは是非花城に、「愚かだけど勇気がある」と言って貰いたいところだ。  というわけで、今回は『天官賜福』を離れ、最近読んで面白かった本を紹介してみよう。  タイトルは『BLと中国 ー耽美(Danmei)をめぐる社会情勢と魅力』だ。著者は「周密(しゅう みつ)」、発行は「株式会社ひつじ書房」、初版2024年3月21日となっている。  帯には

★8 花城の衣装

 花嫁に化け、与君山にやって来た謝憐。山には陣が敷かれてあり、そこへ踏み込んだ一行は、狼と鄙奴(ひど)の群れに襲われてしまう。南風と扶搖は護衛を連れて陣の外へ退避。一人残る謝憐の元へ、鈴のような澄んだ音と共に誰かが近づいてきた。  第一話の名場面である。  日本語版原作小説では、この時の花城の姿について、かなり詳細な描写がなされている。右手中指に結ばれた赤い糸、手首につけられた銀の籠手、蓋頭の下の隙間から見えた紅衣の裾、銀の鎖がぶら下がる黒革の長靴、それぞれについて謝憐自身

☆9 謝憐の過去(最初の飛翔)

 中原の国仙楽に、謝憐という太子あり。  …から始まる回想シーン。語りが花城と同じ声なので、花城自身が思い出して語っているように聞こえる…というか、そういう演出なのだろう、謝憐と花城が過去既に出会っているのだと、観ている側に想起させる。  仙楽国が裕福な国であること、謝憐が太子という立場であること、更にその立場を捨て修行の道へ入ってしまったことは、仏教の開祖・釈迦と似ている。違いは年齢と、釈迦が出家した時妻子がいたということか。  ではこの回想シーンについて、日本語版原作

☆10 アニメ2、3話の用語解説

 アニメ一期二話三話について、聞いただけでは分かりにくい言葉の漢字表記だけでも残しておいた方が良いかと思い、書いてみることにした。 「明光殿(ミングァンでん)」  北方を守護する明光(ミングァン)将軍を祀る廟。 「小蛍(シャオイン)」  破れた裾を隠そうとした謝憐に平手打ちをかまし、のち花嫁に化ける謝憐の着付と化粧を手伝った。 「小彭(シャオポン)」  賞金稼ぎたちの頭。当初、小蛍を花嫁に仕立てて鬼花嫁を誘き寄せようと企んでいた。ごろつきを引き連れて悪さばかりしている、

☆11 謝憐、菩薺観を開く

 『天官賜福』関連の動画を観ていた時、「謝憐が何故自分で自分の道観を開こうとしたのかわからない」という疑問を持つ人がいた。なので今回はこの疑問に応える話をしていこうと思う。  ちなみに、謝憐が開いた道観は「菩薺観(ぼせいかん)」というが、菩薺とは白慈姑(しろぐわい)のことで、日本で正月などに食べられる慈姑とは品種が違う。多くは皮をむいて薄く切り煮たり炒めたりして食べるが、生食されることもあり、梨に似た味がするらしい。私は食べたことがないので、どの程度似ているのかはわからない。

☆12 三郎(サンラン)との出会い

 菩薺観を開いた謝憐は、道観の修繕費用を稼ぐため、昔の稼業「ガラクタ集め」を始める。その帰り道、菩薺村へ戻る牛車を見かけた謝憐は、これに乗せてもらうことにするが、その荷車には先客がいて…。  ガラクタ集めというのは、不用品回収業のことだろう。要らない物は只で引き取りますよと言って、集めて回っているのだと思う。  日本語版原作小説(以下、原作と略す)には、「眉目秀麗で風格も瀟洒、仙人のような風采を持っている者であれば、ガラクタ集めをするにも比較的有利になる」と書かれている。謝