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☆11 謝憐、菩薺観を開く

 『天官賜福』関連の動画を観ていた時、「謝憐が何故自分で自分の道観を開こうとしたのかわからない」という疑問を持つ人がいた。なので今回はこの疑問に応える話をしていこうと思う。
 ちなみに、謝憐が開いた道観は「菩薺観(ぼせいかん)」というが、菩薺とは白慈姑(しろぐわい)のことで、日本で正月などに食べられる慈姑とは品種が違う。多くは皮をむいて薄く切り煮たり炒めたりして食べるが、生食されることもあり、梨に似た味がするらしい。私は食べたことがないので、どの程度似ているのかはわからない。

 謝憐が何故自分で自分の道観を開こうとしたのか、これを考えるためのヒントの一つは、謝憐が菩薺村へ行くよりも前、通霊陣で神官達が話していた事柄の中にある。花城が神官三十五人に挑戦状を送り、挑戦を受けた三十三人がことごとく完敗した一件だ。(挑戦を受けなかった残り二人は、風信と慕情。日本語版原作小説によると、当時二人は台頭してきたばかりの花城など眼中になく、敢えて相手にする必要などないと思っていたらしい。)

 この話の中に、「神官にとって、道観と信者は法力の源」という言葉が出てくる。これはつまり、道観と信者が多ければ多いほど法力も強くなる、と考えていいだろう。逆に言えば、道観と信者が無ければ法力も無いに等しくなる、と。
 花城に負けた三十三人は、だが「負ければ自ら下界に落ちて人間に戻る」という約束を守らなかった。そこで花城は彼らの道観を全て焼き払い、結果彼らは神の力を少しずつ失った、と。

 道観が無ければ、信者は何処で神を拝めばいいのか。道観をすぐに建て直すというのも無理がある。拝まずにいる内に、信者の信仰心は少しずつ薄まっていき、やがては忘れられてしまう。忘れられた神はもはや存在しないも同然である。
 実際、物語を離れた現実世界(中国)でも、過去には熱心に信仰されていたが、現在では名前すら忘れられている神がいるそうだ。これは識字率が低く、物語を口伝でしか残せなかったことが関係しているらしい。口に上らなくなった神の話は、誰も知らないということだ。
 しかも神官三十三人は威厳を示そうと、信者の夢の中で花城と戦った。そして信者たちは花城を崇拝するようになった、と。信仰の向く先が変わって、神官達の力が一層削がれたということだろう。

 花城は鬼である。鬼を崇拝することなんてあるのか、と思われるかもしれないが、現実世界でもこれは実際起こっている。
 まず、ここで言う「鬼」は「死者の霊」のことである。死者の霊を崇拝する、そのわかりやすい例を日本で挙げるなら、菅原道真はどうだろう。無念の死を遂げた菅原道真が都で祟りを起こしたとして、彼はまず祟り神を鎮めるために祀られ、その後学問の神様として広く信仰を集めるようになった。
 これを花城に当てはめてみるのはどうか。逆らえば容赦無く攻撃してくるが、無理難題を押し付けない限り、その絶大な力で願い事を叶えてくれる存在だ、と思われる。恭順の意を示すために彼を祀り、何か願い事をしていたとしても、不思議ではない。

 花城に話が逸れた。謝憐に戻そう。
 八百年前、謝憐は神としての力を失い、既に人々からは忘れられた存在となっている。昔の宮観は残っているはずもなく、今更自分のために建ててくれる者がいるとも思えない。
 しかし、道観もなく信者もいない神など、神とは呼べない存在である。法力は、呪枷によってほとんど使えない状態ではあるが、これを少しでも増やすためにも、是非信者が欲しいところだ。
 一方、天界に彼と親しい者はいない。霊文(リンウェン)は気にかけてくれているようだが、あくまで仕事上の付き合いで、友と呼べるような間柄ではない。まして風信、慕情に至っては、顔を合わせるのも気をつかうような存在になってしまっている。
 更に、天界での彼には決まった役割が今のところ何もなく、毎日何をしていいのかもわからない状態だ。(霊文殿の手伝い? 謝憐は武神で畑違いだし、なんだか不器用そうなので無理だろう。)

 天界は彼にとって、少々息の詰まるような場所だったのかもしれない。それならいっそ下界へ降りて、一人気ままに慣れた暮らしをする方が楽だ、と思ったろう。もし本当にそうするのなら、いつ誰が建ててくれるのかもわからない道観をひたすら待つばかりより、自分で開いてそこの世話をすることにすれば、暇を持て余すばかりの日々からも解放されるに違いない、と思ったかもしれない。その内に、少しは信者も出来るかもしれないし。
 だから彼は人界へ降り、自分で自分の道観を開くことにしたのだと思う。

 但。謝憐は知らなかった、自分にもちゃんと信者が存在している、ということを。ましてその者が、八百年以上も前から変わらずに、大切な神様としてひたすらに思い続けていることを。
 そしてその者がいるからこそ、謝憐が神官として存在し続けていられるのだということを。

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