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リンクスランドをめぐる冒険Vol.29 忘れ得ぬワンショット(後編) ホープマン・ゴルフ・クラブ

2023年6月22日から2023年7月23日まで。
約1ヶ月間、スコットランドのゴルフコースをめぐる1人旅を敢行。
これだけを考えるとゴルフ好きなら誰もが
「羨ましい!」と思いつくままを言葉にする。
実際、私だって行く前はほぼ、楽しいことしか頭の中になかった。
しかし、いざ行ってみると悪戦苦闘と至福の時の繰り返し。
振り返ればジェットコースターのような1ヶ月間。
これはそこで見たこと、感じたことの備忘録です。


ホープマン・ゴルフ・クラブの12番Prieshach(プリーシャッハ)Par3、イエローティから137ヤード。ピン横約3mにワンオン。
私は単純に、ゴルファーとして喜んだ。

ところで、グリーンまでどうやって降りるんだろう?
回りを見渡してもカートパスらしき道が見当たらない。そういえば前の4人組、ずいぶんと右の方から上がってきてたな。
そのことを思い出して右の方へ進むと、繁っているハリエニシダの間に未舗装の細いカートパスがあった。
ガシャガシャとアイアンの音を立てながらトロリーを引いて砂利道を降りていく。
グリーンが近づくにつれ、そのダイナミックな景観はさらに迫力を増した。
本来なら、興奮がもっと盛り上がってくるはずだ。
なのに、グリーンへたどり着くと妙に感覚が研ぎ澄まされ、冷静になってきた。
キャディバッグをグリーン脇に立て、ゆっくりとボールに近づく。

海がとても近い。
グリーンとの高低差はほとんどないだろう。
スローテンポで囁きにも似た波音が聞こえてきた。
それから磯浜特有の、濃い、強い生命力を持った潮の香り。
その静謐な時間と空間が私を神妙にする。
日本から遠く離れた、スコットランドの北のゴルフコース。
私のことを誰も知らない、谷底のような場所でただ、1人。

孤独感はなかった。
むしろ、誰かに見守られているような気さえ、した。
とても不思議な感覚。
けれど初めてではない。
マフリハニッシュで空を見上げた時と、同じ感覚だ。

私は顔を上げて回りを見た。
濃いハリエニシダの群生しか見えないけれど、わずかな風にざわめく葉や枝の音が拍手に聞こえる。
称賛ではない。
歓迎だ。
私はここで、スコットランドにゴルファーとして迎え入れられた気がした。
そして次の瞬間、私は理解した。
ホープマン・ゴルフ・クラブに来たのは、生涯、忘れ得ぬ一打と巡り合わせるためだったことを。

私は厳かにパターを握ってアドレスに入った。
ハリエニシダのざわめきが止まる。
波音も聞こえない。
ボールを見つめ、ゆっくりとパターを振った。

…バーディパットはカップの右横を通り過ぎ、5cmほどオーバーして止まった。

そう。
歓迎されたからといってスキルを手助けしてくれるほどスコットランドは甘くない。まあ、いいじゃないか。ラインを読み違えたのは眼が潤んでいたせいだ、としておこう。

続く



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