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リンクスランドをめぐる冒険 Vol.65 St.Andrews Part.3

前回のあらすじ
65歳ライターのスコットランド・ゴルフ1人旅、最後に来て違和感を覚える。それはセント・アンドリュースの妙な賑わい。喩えるならゴルファーの遊園地。これが旅のフィナーレなのか?そんな疑問を懐きつつ、オールドコース・ホテルへ。そして2日目のオールドコース・バロットも外れる。

記憶の面影を探すための徘徊

「人生は祭りだ。ともに楽しもう」

フェリー二監督「8 2/1」の名台詞。
妄想と現実が交差する映画としては優れているし、私の人生的には同意なのだが、この場面ではシュールよりシリアスがいい。…またはファルスでもあるが。

バロットは2日目も外れ、チャンスは残り1回。
まだ、今回の旅の最後を祭りとして楽しめる状況ではなかった。
とにかくホテルにいてもしょうがない。
とりあえずセント・アンドリュース・リンクスの他のコースでも回ろう。

ホテルを出て、オールド・コースの回りをぶらぶらと歩いた。
そこは私が知っていたセント・アンドリュース・リンクスではなかった。
スタートを待っている間、ショルダータイプのキャディバッグを傍らに置いて石垣に腰を下ろし、足をブラブラさせている学生の代わりに、私設の撮影クルーと若いキャディを従えてプレーする金髪の中年女性がいた。
古びたキャディ室はなくなり、ペンキもまだ新しそうなキャディパビリオンが別の場所に建っていた。
1番スタートと18番グリーンの奥にあるR&Aのクラブハウスは改装中で足場とフェンスに囲まれている。
たぶん、翌年(2024年)の全英女子オープン(初めてオールドコースで開催される)のためのお色直しといったところだろう。

ただのオールドコースではない。THE OLD COURSEだ。それはTHE OPENと同じ意味を持つ。

そも、ティータイムをどこで予約すればいいか、それすら分からなかった。公式サイトから予約できるのだが、私の記憶では、プレーしたいコースのスターターハウスに行き、直接申し込めばティータイムを確保できた。

セント・アンドリュース・リンクスには7つのコースがある。
ご存じ、オールド・コース。
その後に作られたニュー・コース。
ヴィクトリア女王在位50周年を記念して創設したジュビリー・コース。
本格的なリンクスのキャッスル・コース。
フラットで気軽に回れるイーデン・コース。
それから距離の短いストラスタイラムス・コースにバルゴブ・コース。
確かに、どのコースにもスターターハウスはあるが、そこでプレーを申し込んでいる感じではない。
私は自分にいる場所からもっとも近いジュビリー・コースのスターターハウスに行って聞いた。
「ああ、ティータイムの予約でしたらネットか、あとはクラブハウスで申し込めますよ?」と丁寧に答えてくれた。

クラブハウス?
スターターの指差す方向には、三角屋根が連なり、中からオールド・コースが見渡せそうなガラス張りの、立派な建物があった。

柔軟性を拒否する思考

そのクラブハウスは、私が回ってきたどのコースよりも、規模が大きくて立派だった。
中に入ると、歴史的価値のある写真や地図、肖像画が飾られており、プロショップの品揃えも充実。記念品を購入したい客が大勢いた。さらにその奥にはレストランやバー。

クラブハウスに展示されている巨大なオールドコースの古いMAP

この賑わい、初めてじゃない…ああ、そうだ。人の数こそ違えど、日本のクラブハウスと同じだ。
日本のコースであれば地元または近県のゴルファーだけだが、ここには世界中のゴルファーと観光客が集まっている。賑わいの差はそれだ。

ティータイムの予約はホテルのレセプション並だった。
ディスプレイが数台並び、その前に黒の制服を着た女性がタイピングしている。
「今日、これからスタートできるコースのティータイムを予約したいんですけれど」
スタッフの対応はとても丁寧だったが、その答えはとても、つれなかった。
「今日、これからだと…バルゴブ・コースの午後しか空いてませんね」
…バルゴブ・コース。
初心者や子供向けの平坦な9ホールのショートコースだ。

これまで、どのコースも好きな時間を選べて、早く着けばすぐにスタートできた
コースもたくさんあった。
いや、20年前のセント・アンドリュースでさえ、他のコースなら当日でもスタータ
ーハウスでティータイムを確保できたのに。
それが、初心者や子供向けのバルゴブ・コースしか空いてない?

世界中からゴルファーと観光客が集まる、ゴルファーの遊園地。
豪華なクラブハウスに一極集中の予約システム。
この時点で、私は思考を切り替えるべきだった。
そうすれば、翌日はもうちょっとマシな1日を送れただろう。

いや、この日にしたって何もセント・アンドリュース・リンクスにこだわることはなかった。
この近辺、ファイフ地方にはゴルフコースが数多あったのだから。

頭の中のどこかで、柔軟に切り替えることを拒否していた。
すでに失われているものへの愛着を、頑なに守ろうとするように。

失われたものとは?
私が20年前、ここで味わった、ゴルファーのゆりかごのような心地よさ。
再び、ここに来ようと思ったきっかけ。

なぜ守ろうとする?
それがなかったら、ここへ再び訪れた理由が消えてしまうからだ。

翌日のコースを予約しなかったのは、あくまで最後の1回のバロットの当選が前提だったからだ。
私は仕方なくバルゴブ・コースを予約した。

バルゴブ・コースは最長298ヤードのPar4があるショートコース。
最も短いPar3は103ヤードしかない。
Par30で、1周£15。
私は長物を抜き、アイアンだけにしてスターターハウスへ行った。すぐに名前と予約を確認できた(何しろオンラインでディスプレイに表示される!)が、受付の若いスタッフはやや困惑した表情で私に言った。
「じつは雨雲が近づいているんですよ。たぶん、1〜2時間で通過すると思いますが…もう少し待たれますか?」
この台詞を聞いたのは2回目だった。
1回目はマフリハニッシュで。
どうしてこう、スコットランドのスターターはプレーヤーを気遣ってくれるのだろう?
「いや、すぐにスタートするよ。スコットランドの雨にはもう、慣れたから」
私はマフリハニッシュの時と同じように、笑顔で答えた。

風景を切り取れば普通のコース

雨には遭遇しなかった。
たぶん、9ホールプレーするのに1時間もかからなかったせいだろう。
初心者用とはいえ、セント・アンドリュース・リンクスを形成する1つのコースだけによく整備されていて、芝付も良くグリーンも丁寧にカットされていた。

にも関わらず、バルゴブ・コースのほとんどを覚えていない。

なぜ、私はセント・アンドリュースに来てまで、初心者用コースでプレーしているのだろうか?
スコットランドに来てから、ショートコースも回った。
ライブスター・ゴルフ・クラブやビニー・ゴルフ・クラブ、それから12ホールのゴガバーン・ゴルフ・クラブ…。
どのコースにも特徴があり、楽しい記憶が残っている。
けれど、バルゴブ・コースにはそれがなかった。

私はくすぶった感情を抱いたまま、ホテルに戻った。

部屋に入るとお湯を沸かし、備え付けのコーヒーを淹れた。
それからMacBook Airを開いて電源を入れる。
コーヒーにミルクと砂糖を入れ、スプーンでかき混ぜながら、3日目の、最後のオールドコース抽選の結果を見た。

また、外れた。

Play Will Continue!






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