ニートな吸血鬼は恋をする 序章

前書きとして、この物語は、新人賞に落ちて没にした物語です。故に、完成度は低く、あまり期待せずお楽しみください。
恋愛とバトルを中途半端に混ぜた奴です。


 夜の公園で、二人の男女が向き合っていた。
 それは本当に、どこにでもある痴話げんか……のはずだった。

「どういうことよ!?」
「お、落ち着けよ……」

 少女――神崎 灯(かんざき あかり)は、蒼の瞳に涙を溜めて青年を見る。

「……その子はただ、委員会で一緒になって……」
「だから連絡先も交換して、私に内緒で合っていたってわけ!?」
「いや、そうじゃなくて……」

 綺麗にセットされた茶髪を揺らし、焦ったように冷や汗を垂れ流す青年――新堂 司(しんどう つかさ)は、分かりやすく浮気が発覚した男そのものの姿をしていた。
司がいろいろと言い訳をしているが、灯にはほとんど耳に入っていなかった。

 それほど感情が高ぶっていたのだ。

「……ごめん。合っていたのは認める。でも、その……本当に勉強していただけで俺もこいつも分からないところがあったから、教え合って……」
「それで今も関係を続けているってこと……?」

 灯は、恋愛が好きだった。

 恋に恋する乙女とはまさに灯のような少女のために在る言葉。
小学校で恋に目覚め、初めて恋人ができた。しかし中学校に入ると疎遠となり、中学校ではまた新しい恋を何度も始めたが、結局また卒業と同時に疎遠となってしまった。それでも灯の恋愛に対する熱は一向に冷める事はなく、高校で司と出会った。 
だが今、灯にはもはや恋愛が分からなくなっていた。

「……なんで? あの子があなたに気があることぐらい分かっているはずでしょ?」 
「い、いや……一度断ったんだし、もうそれは……」 
「そんなわけない! 気付いていない振りしないで! あなたは分かっていたはず!」

 生まれて初めての恋人の浮気。 
その現実は、恋に恋した少女の幻想を打ち砕くには、十分すぎた。 
灯は司に好意を抱いている女性を憎んでいない。 
嫉妬心はおろか、司を憎む気持ちすらもうほとんど残っていないし、どうしようもなく司が好きだという感情が勝ってしまう。 

故に、それは自分に向けられた……激情。

(恋をするのが……こんなに残酷だなんて……知らなかった……!)

 綺麗に染め上げられた銀髪も、傍目からでもわかるほど手の込んだ美しい化粧も、いつも綺麗だと言ってくれた真っ白のブラウスも、ハイソックスの上から履いた、初めて褒められた赤いチェックのスカートも。……今は虚しく写るだけだ。

 会うときにいつも楽しみに支度した自分が情けなくて仕方がない。 
今や風前の灯火となった恋への情熱は怒り、憎悪、落胆、悲しみ……あらゆる悪感情と化して、灯の心を塗り潰す。

「……なんで、どうしてなの……!?」

 灯はもう終わりにしようと思っていた。それはずっと前から決断すべきだったこと。だが灯は確かに恋をしたのだ。だから司を信じたかったのだ。

「……わ、悪かったよ……」

 しかしそれが不可能だということは、もう嫌というほど分かり切っていた。

 司がこんなことをしたのは、これで三度目だ。

 そして灯が怒るその度に、この男はいつもこの顔で謝罪するのだ。 
核心たる灯の感情は何一つ理解していないくせに、まるで本気で反省しているかのように。……まるで仕方がなかったかのように。 
これで本当に申し訳なく思っているのだから、余計にたちが悪い。

 だから。

「……最後に聞かせて」 
「さ、最後……?」

 だから、これで最後だ。

「……なんで、私が問い詰めるまで私に何も言ってくれなかったの……?」

 少女の感情は、爆発を今か今かと待ちわびている。 
その証拠に、少女の体は僅かに光り始めていた。

「そ、それはその……」 
「……」 
「……大事なことだったし、それに前にもこういうことがあったからさ……」      
「……」 
「……その……お前に心配掛けたくなくt――

 それ以降の言葉は、司の顔面と共に消えた。 
数メートル先でドシャリと倒れ込む司。

 その原因は灯だ。

「……るさなぃ」

 灯が、殴り飛ばしたのだ。

「……許さないっ!!」

 ボッと効果音が響いてきそうなほど、灯の体から光があふれ出した。 
エネルギーの塊のような光を纏った灯は、ゆっくりと歩き始める。 
しかし妙だ。先ほどまでただの少女だったはずの灯の歩いた場所には、まるで数百キロもの重量が集約されたかのように靴底の形をした小さなクレーターが出来ていた。

 灯は司の体を掴み上げ、片手で軽々と持ち上げる。

「……全部、お前のせいだ……」

 再び殴った。今度は腹部だ。 
吹っ飛んだ司は金属でできた街灯を折り曲げる程の勢いで激突する。 
街灯の明かりが消える。 
しかし灯は未だ身体から光を発しており、辺りを照らしていた。 
灯は収まらない感情のままに歩き始める。

「……お前が……!」

 そして今度は足を振り上げ、勢いよく下ろされる。 
本来は軽いはずの灯の足には何故か殺人的な重量が込められており。

 ドシャッ グシャッ

 足を振り下ろすたびに、鈍く肉と骨を潰す音が響き渡る。 
灯は再び腕を振り上げて、決定的な一撃を振り下ろそうとした。

 パシッ

「あのー……ちょっとすいません……」

 しかしそれは、背後に現れた青い瞳の男によって止められていた。

「えっと、僕はこういうものでして……」

 そういって見せるのは警察手帳。 
そこには顔写真と轟 愛人(とどろき あいと)という名前があった。

「……一応聞いておきますけど、そこの人をやっちゃったのは……あなたですよね?」

 愛人は灯の腕を握るが、その力は普通の成人男性よりも少し強いぐらいだ。

「……だったら何……?」

 灯は握られた手を振るって、簡単に掴まれた手を離す。

「でしたら、警察署まで来ていただけます? あなたにh「うるさい!」――うおっ!?」

 愛人の言葉は、圧倒的な膂力を持った灯の裏拳によって阻まれた。 
後ろに吹っ飛んだ愛人はバク転をして綺麗に着地する。

「……っぶね」

 軽く腕を振るっただけなのに、それはなんという威力か。 
防いだ前腕が痺れるような鈍痛に襲われた。

「……どっかいって」 
「……そういうわけにもいきません」

 そう言って愛人は再び警察手帳を見せる。 
そこには通報済み、そしてその下に新堂司という表示がされていた。

「……あなたを現行犯逮捕しなければなりませんから」 
「……うるさい」 
「だからその……お願いですから、拳をおさめてもらえると助かるのですが……」 
「うるさい!!」 
「!」

 灯は苛立ちと共に、愛人に敵意を向ける。

「そんなの分かってる! 全部分かってんの! だから今はどっか行ってよ!!」

 灯はもはや自分の感情が抑えられない。 
それに伴うかのように、体を纏う蒼い光は激しく震えた。

(このアホみたいな心素の量……恋愛感情か? ……めんどくせぇ……)

 その様子を見て、愛人は冷静に灯の力の源である感情を読み取る。

(……原因はなんだ……?)

 愛人はちらりと、見るも無残に倒れている司を見る。

(こいつか……?)

 愛人は諦めたように警察手帳を胸ポケットにしまい、構えを取る。

(俺は事情を知らないし、こんな状態じゃこいつは目を覚まさないだろう。……ってことは真っ向からこのバケモンの相手をしなくちゃいけないってことだ……)

「……それはできません」 
「……あぁ!?」

 灯は苛立ちと共に、足踏みをする。 
それだけで地面に亀裂が入り、大地が揺れた。

(いや、こえぇよ……)

 愛人は化け物じみた灯への恐怖心を無理矢理抑え込んで腰を低くする。

「……僕は特殊犯罪対策警官です。あなたのような特殊犯罪者を捉えるためにここにいる」 
「……男のくせに、何言ってんの……?」

 愛人は灯に警戒しながらも、集中力を引き上げる。

「ふっ!」

 そして愛人は凄まじい速度で灯に踏み込む。

「!?」

 驚いた灯は咄嗟に手を上げるが、その手を愛人に掴まれる。

「はぁ!」「ぐっ!?」

 愛人は灯の顔面をぶん殴った。

「らぁ!」「ぐえっ!?」

 さらに腹を殴る。

 灯は殴られた直後にその腕を掴み上げ、へし折ろうとする。

「ふっ!」

「わっ……がはっ!?」

 しかし愛人は腕を掴まれたのを利用して、背負い投げで灯を地面に叩きつける。 
 受け身も取れずに背中から地面に叩きつけられた灯は、肺の空気が一気に押し出される。

「よっ」

 さらに愛人は腕を取って、灯をうつ伏せにして身動きの取れないように腕を捻り上げる。

「はっ……が……」

 灯は呼吸困難になりながら、喘ぎ苦しむ。 
体中が、苦痛に満ちていく。

「うぅ……! うぁああああああ!!!」

(……うっ……!? どんな馬鹿力してんだ……!)

 愛人はその状態でさらに腕を両手で押さえつけて、体重をかける。

(……取り敢えずこいつが落ち着くまではじっとして……)

 しかし灯が纏う光は、ますます強くなっていく。

「ちょっと……! 暴れないでくださいよっ……!」 
「うあああああああ!!」

 灯はその凄まじい膂力でもがき続ける。

(おいマジか……まだ心素を増やせるのか……!?)

 灯を押さえつける愛人は、灯のもがく力が強くなっていることに気付いた。

「らあぁっ!!!」 
「うわっ!?」

 そして遂には、押さえつける愛人を背負ったまま立ち上がり、腕を振るって愛人を投げ飛ばした。

「ごはぁっ!」

 愛人は鉄棒に勢いよくぶつかる。

 鉄棒はへの字にへし折れて、愛人の背中には凄まじい鈍痛が広がった。

「うあぁあああああああああ!!!!!!」

 もはや理性すら消し飛んだ灯が、愛人を敵と認識して吠えた。

「う……ぐ……!」

 愛人は引くことない鈍痛に体が痺れっぱなしで、まるで身動きがとれないでいた。

(これはまさか……激情ってやつか……? ……流石に……やばいな……)

 愛人は今まさに猛然と迫ってくる灯に苦笑する。

「はぁっ!」「ごはっ!?」

 灯の拳によって、愛人はさらに吹っ飛ばされる。

 咄嗟に腰に吊ってあった警棒を挟んだが、焼け石に水だった。

「……ちっ」

 見れば、灯は体中に血が滲んでいる。今の灯は常軌を逸する身体能力を持っており、体はその負荷に耐え切れず悲鳴を上げているのだ。だが灯は我が身の破滅を厭わずに突っ走っているのか……いずれにせよこのままでは灯の体は壊れてしまうだろう。

 そんな絶望的な状況だからこそ、愛人の判断は早かった。

(負担が大きいからあんまし使いたくないんだが……仕方ねぇ……)

 愛人は素早く腰に吊ってあるホルスターから注射器を取り出して、自身の首に打ち込む。 
そして押し子を親指で躊躇なく押す。

「ふんっっ!!」

 灯はさらに愛人に踏み込んで、拳を振るう。 
まさにそれが愛人の顔面を捉える瞬間。

 バシッッッ

 その拳は愛人に止められていた。

 片手で。

「……間に合った……」

 気づけば、愛人の掌には青い光が宿っていた。 
愛人の黒髪の一部が、白髪と化す。

「……あぁ!?」

 灯は何が起きているのか分からず、その手を外そうと拳を動かそうとするが、まるで外れない。 
それどころか、掴まれたその場所から全く動かない。
 愛人は注射器をしまい、拳を強く握り込む。

「はぁっ!」

 そして突如、不敵に笑った愛人の体が残像と化した。

 ズドッッッ!!! 「ぐはっ!?」

 そこには腹部をぶん殴って灯を宙に浮かす愛人がいた。 
愛人は一呼吸おく暇すら与えずに、掴んでいた拳を引き寄せる。

 ズガンッッッ!! 「がはっ!?」

 今度は顎だ。 
アッパーで灯は空高く打ち上げられる。

「ふぅ……」

 遅れて降ってきた灯を、残心に浸っていた愛人が優しく受け止めた。 
そのころには青い光は収まっており、灯をも凌駕する爆発的な身体能力も感じられない。

「……ぅえ……?」 
「少しは落ち着きましたか……?」

 愛人は穏やかに微笑みかける。 
光が収まったのは、愛人だけではない。 
灯もまた、いつの間にか光が収まっていた。

「え……あ……は、い……」

 正気に戻った灯が、今までのことによる羞恥か、あるいはこのお姫様抱っこという状態に対する羞恥か……頭から煙が出そうな程に顔を赤く染めあげながら、涙目で返事をする。

「それは良かった」

 灯を優しく地面に降ろして、愛人は手錠を取り出した。

「な、なにを……?」

 そして愛人は手錠を灯の手にはめて、腕時計を見ながら宣言する。

「二千九十四年、二月七日、午後八時十九分、黒吹市東区にて……傷害、暴行の疑いで、現行犯逮捕です……」

 まるでこの事件の終わりを告げるかのように遠くからは救急車の音がこちらに向かっていた。 
その音を聞きながら、くたびれたように愛人は小さく息をついた。

「ふぅ……あっ」

 直後、愛人は間抜けな声を出しながら倒れる。

「えぇっ!?」

 結果的に膝枕のような状態になったが、頭の向きが逆である。

「……わふれてた」 
「ちょっ……えぇ……!?」

 残された灯は愛人を抱えながら、この状況に呆然とするのだった。

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