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【エッセイ】ヒステリー球

 このところ咽がイガイガして治らない。しかも飲み込むことそれ自体に困ることがある。丸い液体の塊のようなものが咽に引っかかって通りが悪くなったように感じる。初めは風邪の兆候かと思っていたが、一向に治まってくれない。おかしいなと首を傾げていたら、家人が先にネットで調べてくれた。
 ヒステリー球というらしい。ストレスが強まったり溜まったりすると咽が悪さをするようだ。よく言ったもので、たしかに咽に何か玉のようなものがつっかえて息苦しさを感じる症状に、よく合点がいく命名だと感心した。
だが、悪さといっても、症状それ自体に罪があるわけではない。不安など情緒的な抑圧が強まって、自律神経がかき乱されて現れてくる症状だから、むしろ落ち着きなさいよ、と身体が心に黄信号を灯してくれていると思えばよい。
 心当たりはある。ほとほと疲れていた。会社での人間関係で、今年一緒になった人の中に、強引に自分の考え方を押し通そうとする人がいた。そういう者にかぎって、相手の話はいっこうに聞こうとはしない。立場は向うが上だけに、風避けが難しい強風だった。
 気がつけば、世界はそういう人たちで溢れてしまっている。自分の考えに固執し、自分が正しいと最果てまでも主張し、相手の考えはまったく聞き入れず、ハナから聞く耳も持たず、相手と折り合いをつける気持ちなんてさらさらない人たち。
 世界は、いつからこういう者たちの持ちものとなったのか。マスコミを賑わす指導者たち。つり上がった、血の通わない眼をしている彼ら。その言動は「煽り」、「分断」と表現され、あまたのフォローワーたちが追従してよしとする。
 それにしても、ヒステリー球とはよくいったものだ。いまや地球がヒステリー球と化してしまっている。現代は、一人ひとりがイデオロギー化した時代に住む。優しさは脚本の中だけの字面となり、幕の向うに引っ込んでいっこうに顔も出さない。
 イデオロギーがぶつかると凸凹はますます大きくなり、最後は収拾がつかなくなって交通渋滞を引き起こす。一人の身体には、その渋滞が球体となって現れて息苦しさを生む。世界には、闘争に姿を変えて現れて生き苦しさで世を覆う。
 それぞれに考え方や感じ方が違っても、それはそう、それはこうかなと自然な気持ちで反応し、人間性そのものへの攻撃にまで踏み込まずに済ませられないものか。一線を越えた攻撃は、彼ら自身が忌み嫌う、ハラスメントと呼び慣らされているのに。
 サラサラと流れて融け合う自然の中に身を置いてこそ、気分も身体も優しくなる。そんな人たちに囲まれて気がつけば、固まっていたヒステリー球が溶け出して、いつの間にか咽の通りもよくなっていたことに気付ければ、どんなにかに幸せだろう。

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