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「小説 雨と水玉(仮題)(48)」/美智子さんの近代 ”新年”

(48)新年

大した服も持っていない啓一を見ていて、美智子はこの機会に冬から春用の上下の服を買ってくれたのだろう。せっかっくなのでセーターとズボンはその場で着ていくことにした。
「どうもありがとう、今日着れるものを着させてもらうよ」
「どうぞ」
子供をあやす母のようにも見られた。

クリスマスの夕はあっという間に夜になる。早めの夕飯をゆっくりと食べながら美智子が、
「お正月はどうする?」
「うん、新年は五日までは休みなんだ。三日か四日に美智子さんに逢いに来ていい?」
「うん、なんやまた啓一さんばっかり来てもらって」
「いや、年が明けて仕事が始まると、転勤のことやら動き始めるから忙しくなるでしょ。お正月にゆっくりと美智子さんと過ごしたいと思って」
「でも日帰りでそんなにゆっくりも出来ひんのに啓一さん大変やし。
その次の週は三連休やから少し時間取れへんかな?ウチに泊まってもらっていい?」
「うん、ありがとう。お父さん、お母さんはああ言ってたけど、大丈夫?僕を泊めてもらって?」
「うん、大丈夫、大丈夫、もうそうしてもらった方が。せっかく大阪に来てもらってるのに」
「そしたら、ご両親に訊いてみてもらってよかったら、三連休は一晩泊めてもらおう」
「うん、そうしてください。」

その年の正月東京も大阪も天気に恵まれた。四日より帰りの新幹線が混まないということで三日に来ることにした。その日は午前十時過ぎには大阪に着き、天気のいいことを理由に、梅田から初詣先の天満宮まで歩いた。三が日で初詣客も多く、天神橋筋は賑やかだった。
お目出たくにぎやかな雰囲気に誘われて啓一が鼻歌を口ずさんでいると、
「前から気になってたんやけど、その唄って加山雄三の唄?」
「あっ聴こえとったか(笑)、うん『僕の妹に』とか『海その愛』、『お嫁においで』とかね」
「へえ、カラオケとかで歌うの?」
「うん、そうね。
よく加山雄三の唄のこと、ノー天気とかいう人がいるんだけど、僕は好きで、詞がとっても良くってね。岩谷時子さんって知ってる?最近亡くなった越路吹雪のマネージャーだった人で訳詞もしてる人、この人が加山雄三の詞をたくさん作っててそれがすっごくいいんだよ」
「あの、岩谷時子って、たしか大学の先輩やと」
「あ、そうなの?」
「うん、大学で展示されてるのを見たことがある。たしか英文科の卒業でわたしの先輩になる。へえ、そうなんや」
「美智子さんもそういう芸術芸能関係を目指すのもありちゃう、どうやろ?」
「わたしはそこまではあー」
「でも、そういうところにも興味を持ってるとなんかに生きてくるかもよ、いろいろ関係しそうなことは興味持っといたほうがいいよ」
「啓一さんて、変なところから持ってきて希望が湧くようなこと言ったりする。なんや不思議な人やわ」
「美智子さんも、前も有ったけど、褒めてんのか、くさしてんのか、わからん言い方するなあ、僕、喜んでいいのか、悲しんでいいのかよくわからん」
「ふ、ふ、ふ(笑)」
「ハ、ハ、ハ(笑)」

天神さんに初詣のお参りをした。二人の祈りは転勤が上手く行きますようにということだった。

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