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「小説 雨と水玉(仮題)(52)」/美智子さんの近代 ”新居”

(52)新居

朝九時に一旦荷物をフロントに預け、チェックアウトしてから、新玉川線の地下ホームに向かい、すぐに来た日曜朝の空いた電車のシートに二人で腰を掛けた。

各駅停車で二十分ちょっとの宮前平駅で降りてみた。近隣を少し歩いてみると駅近隣は賑やかで生活に困らなそうだったが、山なりの地形でアップダウンが急で駅から五分以上行く気がしなかった。十時になるとT不動産という駅隣接の施設が空いたので入ってみた。想定の駅から徒歩十分以内2DK予算の10万で築浅の手ごろな物件は有りそうだったが、土地柄が今一だったので資料だけもらって次の鷺沼で探してみることにした。

次駅の鷺沼で降りてみるとやはり山がちの地形だったけれど、傾斜は比較的緩やかで道なりに各種の商店が連なり、スーパーも駅すぐのところにあり美智子には雰囲気も良く感じられた。さほどお店がたくさんあるというわけではないが、阪急の曽根駅と似たようなにぎやかさでスーパーに入ってみると明るく買いやすそうに見られた。
「結構、いいかもしれないね」
「うん、そんな感じする。不動産屋さんに行ってみよ」
ここにもあるT不動産に入ってみると、宮前平より親切な感じの女性担当者が新婚さんと見たのか、丁寧に説明をしてくれた。
良さそうな物件が二つほどあったので見学しにいったが、駅からの利便性と住みやすさのどっちかに難があった。店に帰るとまだ空いていないのだがと言って、三月末で出る四階建ての三階の二DKの物件があり、今ちょうどその二階の部屋が来週引っ越して来る前で見学できると言って薦めてくれた。
見学に行ってみると駅から徒歩六分で利便性と住みやすさとして今までで一番良くこれならというものだった。
「台所も使いやすそうで、日当たりも良くて広さも十分やと思う」
と美智子が言う。啓一はこういうものは自分の希望でなく美智子の意志が一番と思っているので、
「美智子さんがいいのが一番だから」
不動産屋の女性が、
「買い物は駅前でできますし、途中駅の溝の口でまとめて安く買ってきても駅近ですから大丈夫です」と言った。
「この後、帰りに溝の口の雰囲気も見てみようか」
「うん、見れるの?そしたら行ってみる」

不動産屋は、今手付金半月分を入れてくれれば四月からの契約で構わないというので、二人で別室で相談した。
いずれにしても四月から僕は引っ越さなければならないし、これでいいと思えるので手付金を払ってもよいのではないか、と啓一が提案すると、美智子はもう一回訊いとくけど家賃は十万だけどよいのか、倹約してお金を貯めければならないと思って、と言うので、啓一は、自分は大丈夫だと思う、家賃と公共料金は自分の給料から払う、貯金もこれまでもしてきたし、これからもしっかり貯めていきたいし貯めるつもりと思って予算を十万としているつもり、と言った、美智子は、そうやったら食費とその他生活費は自分が出す、と言うと、啓一はあんまり頑張らなくていいよ、そこは僕と折半で良い、と言った。美智子は、それはちょっと啓一さんが出し過ぎでこれから相談して決めたい、と言うので、啓一は、わかった、そしたらそんな感じで良ければここで決めようか、と言うと、美智子が、うん、わたし頑張る、と言った。
手付金五万円を支払い、契約には再度三月二十日ごろに来るということにした。

その後、駅近のファーストフードで昼食を食べ、溝の口に戻り買い物しやすさを見て回った。
「なんや、ここは物価が安いかもしれへんという気がする。ここでまとめて買い物するの良さそうやわ」
「うん、そうやね。ここでまとめ買いすれば倹約できるかもしれへんね。
あの、美智子さん、
僕一人暮らし長いから大体わかってるつもりやけど、お金も貯めていけると思ってる。実際はやってみないとわからん面もあるけど、僕はそもそもお金のかからない生活スタイルやし」
「うん、それは身なりを見てきたからわかる、ふ、ふ、ふ(笑)。
わたしもそんなお金使うタイプではないんやけどやってみないとわからんところがあって。」
「美智子さん、現実派だから大丈夫な気がしている、僕は」
「ふ、ふ、ふ(笑)。なんや褒めてくれてんのか、クサされてんのか、わからへん(笑)」

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