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書評「かたくなにみやびたるひと 乃木希典」乃木神社総代会(展転社)/乃木さんの軍人として貫く一念と広くたゆたき心が、尊きまでに胸を打つ

かたくなにみやびたるひと

みやびたる、という言葉が現今一般に受ける印象は、やまと心の中でも、たよやめ、にぎみたま、といった優しさを表すものにどちらかといえば近いです。
しかし、この書の中では本来の「みやびたる」を敢えて説明しており、やまと心の、ますらお、あらみたまのほうの荒ぶる戦人(いくさびと)のみたまをも合わせたものを言うとしています。

その意味で、敵に対して、戦人としての勇気のすべてをかけて打ち勝つ、そういう忠君軍人として貫く一念が「みやびたる」の中の核心としてあるのだとこの書は言っています。

そういう意味で、これまで本ブログで乃木大将及び乃木第三軍将兵について述べてきた(下記リスト参照)軍事上の事実の積み重ねに対して、乃木希典大将のその心の部分について重きを置いて書かれたのが、本書だと言えるかと思います。

軍人として貫く一念と広くたゆたき心

私が感じたのは、これまで言われてきていないけれどもこの「みやびたるこころ」が乃木さんをして、旅順要塞戦と奉天会戦での勝ちスジとそこに集中すべき自分の発見に繋がっていたものだということです。

軍人として貫く一念があればこそ、その勝ちスジは乃木さんに見えて来ていたことなのだと思います。
そして同時に、部下将兵に対する広くたゆたき心が片時も離れずあったればこそ比類なき統率力となって表れたのであり、このことが乃木さんの中で不可分のものとして湛えられていた。その表れがまた日露戦後の戦死者への誰よりも真摯な慰霊だったのだろうと思います。

広くたゆたき心が語られる部分が本書の中に出てくるのは、福澤諭吉の「帝室論・尊王論」のところで、もちろん福澤なるがゆえの奥の深さが論中にあるからこそですが、その合理指向とも言える論に対して深く理解を示すところにも表れています。
そこに、書名にある「かたくなに」に結びつく何かがあるような気がしています。

このあたりは言葉を費やしてもなかなか伝わりにくいことなのかもしれませんが、くどくなりますのでこのあたりで締めとさせていただきます。
巻末に収載されいる、
福田恒存氏、小林秀雄氏、保田与重郎氏の論説をお読みいただければ伝わるものがあると思いますので、是非お読みいただければと思います。

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