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「小説 雨と水玉(仮題)(57)」/美智子さんの近代 ”結納と新居”

(57)結納と新居

ばたばたと二人で毎週一生懸命になりながらなんとか東京での結納にこじつけた。
東京のⅩホテルで両家の顔合わせを滞りなくこなし、大阪から来た美智子の両親と妹のたか子はもう一日観光をすることにしていたが、美智子は新居の契約と家財などの準備があり、啓一と東急田園都市線の鷺沼周辺で種々準備に費やさなければならなかった。
啓一はすでに会社の寮を引き払い、契約と同時に荷物を搬入する手はずとなっていた。結納の終わったその足で鷺沼の不動産屋に啓一だけ直行し、翌日には入居できるように本契約を済ませた。

翌日の朝、啓一の荷物を新居へ搬入した。もともとモノを多く持つということからは縁遠かったのでダンボールが十個ほど、卓袱台と本棚が一つ、それに蒲団があるくらいのものだった。
啓一がそれらを自分で考えた位置に一応おいて、ダンボールにあるものを半分ほど整理するのにさほどの時間はかからなかった。美智子がそこに現れた。
「荷物ってこんなもんやのん?
バタバタの状態でこれくらいやったらスカスカやねえ」
「うん、こんなもん。あるのは本棚と蒲団、それにこの卓袱台かな、それくらいやね」
「へええ、男の人ってこんなんなんやねえ、ちょっとびっくり。
わたし、必要なもののリストアップから始めないとあかんかな?」
「うん、そうやねえ、何が必要なんやろ?洗濯機とエアコンくらいはいるかな」
「えっ!?、
ふ、ふ、ふ(笑)。
啓一さん、洗濯機は出てきましたけど、物干しざおないと干せへんし、わたしら毎日、晩御飯は一応料理して食べるんやよねえ?食器とか、テーブルとか、ガスレンジとか、もうちゃんと考えて揃えていかなあかんのよ。
そもそも今日から啓一さんここで暮らすんでしょ?カーテンないと外から丸見えよ」
「なるほど、そうかあ」
「なるほどそうかあ、ではなかなか進みませんねえ。
でも啓一さんのような人はそうかもしれない。
わたしの存在価値も結構あるっていう、そういうことね。
わかった。」
「ハ、ハ、ハ(笑)、なるほどそういうことかもしれない(笑)」

美智子は当面早急に要るものとこれからそろえていくものとのリストを作り、前者について大丈夫というところで啓一にそれを確認し、
「さて、啓一さん、片づけはひとまず置いておいて、とりあえずこのリストのものを買いに行っときましょ」
「うん、わかった、さすが美智子さん、頼りになる」
「啓一さん!あんまり私ばっかり頼りにせんといてね、共稼ぎかやから家事はやってもらいますよ!」
「はい、わかりました、と、ほ、ほ、今日は美智子さん、強いなあ」
「ふ、ふ、ふ(笑)、啓一さんを教育していかなあかんこと、今日わかりました、フ、フ、フ(笑)」

駅周辺の生活用品も売ってるスーパーで当面要るものを購入し、ちょうどお昼になったので昼食を取ることにした。ファーストフードで空腹を満たしながら美智子が唐突にという感じで、
「このあいだね、啓一さんにもお話ししたでしょ、書物の上流と下流って。
なんやずっと気になっててなんやわたしの中でぐるぐるぐるぐる巡ってる感じなんやけど」
「うん」
「すっきりしてこないんやけど、このままでええんやろか?」
「うん、美智子さん、悩んでるの?」
「ううん、そうやないねんけど、はっきりしないのが気持ち悪い言うか、なんと言うか」
「うん、なるほど。
それやったら、僕もわかるような気がする。そういうのってすぐ結論が出るような簡単なことやないのんちゃうかなあ?僕も美智子さんにやりたいことを言うたことあるでしょ?」
「うん、新しい技術を作って製品にしたいって」
「そうそう、でもね、それってそんな簡単なことと違う。長い時間懸けてやってやっとできることかもしれんて。
そやからね、もうあれこれ考えてるより一日一日、目の前のことを一生懸命にやっていくしか手がないんやないかな。違うかなあ?」
「うん、そうかもしれない、きっとそうなんやと思う。」
「ぼくね、美智子さんとこうやって過ごしてきて、なんや最近そういうふうに思うようになった。とにかく一日一日、目の前のことに集中しようって、それが一番大事なことやって」
外を見ながら話す啓一の目を、美智子は目を見張るようにして見つめていた。

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