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「小説 雨と水玉(仮題)(76)」/美智子さんの近代 ”相合傘その一”

(76)相合傘-その一

美智子は金曜日の東京出張からの新居での三日間を終え、新幹線で大阪に向かっていた。疲れるといけないからと午後早い三時前のひかり号に乗った。梅雨曇りの夕方の景色を見ながら、結婚式を二週間後に控えて、やはりこれまでを振り返っていた。
これまでを振り返ることがこれからを作ることになると言うのは、啓一がよくそういう考え方をしていることに気付いて、自分のそういう部分に目を向けてからはっきりと意識されてきていた。
昨日の夜、啓一が言った「ぼくの間抜けな失敗も、美智子さんの仕事のやりがいに結びついてたっていうこと?それは有難いな、ただ仕合せを祈ることしかできなかったので、あのころは。救われる気がする」という言葉が耳に残っていた。これは以前に聴いた言葉のようだったが何だったのだろうと思っていたところ、名古屋あたりで雨が降って来て思い出した。
「そして、この二年半ただあなたの仕合せを祈っていました。
・・・・・・・・・・田中美智子さん、あなたの仕合せをいつもお祈りしています。」
秋にもらった手紙の中に書いてあったことに気付き、夫となる人の可愛らしいような愛おしいような心根に頬笑みが湧いた。

来週は結婚式で金曜日を休んで大阪に入るのだから、今週は東京でゆっくりしてと言ったが、啓一は律儀に土曜日の昼には曽根の実家に来た。
そして、旅行代理店から電話連絡を受けたということで、ハネムーンは第一希望の南部ニューオリンズとニューヨークのコースで仮予約できたということを報告してくれた。
啓一は今週も忙しかったらしく、昼食後少し昼寝をさせてほしいと二階の美智子の部屋で仮眠をして起きてきたのは、夕方の六時だった。というのも美智子が5時半にお越しに行ったからだったが。
その晩は夕食を済ませたら、お父さんとの約束で寅さんのビデオ鑑賞会をすることになっていた。

映画「男はつらいよ 寅次郎相合傘」は始まった。いつものように両親はテーブルに並んで、啓一と美智子はその横に順に座ったが、珍しく妹のたか子も在宅していて初めから五人で画面を囲んで観始めた。
映画ははじめからハイピッチで動いていく、二年ぶりにばったり函館で再会したリリーと寅、こんな素敵な出会いが出来たらという邂逅とそれに続くパパ船越英二を含む三人の自由で楽しい旅が続く、しかし蹉跌がやってくる、けんか別れするリリーと寅。前作「忘れな草」の終盤の切ない別れのシーンが甦る、のは啓一とお父さんだけだったが。
柴又のとらやに帰りリリーに心無い言葉を投げたことを反省する寅、手ぬぐいをひっぱりひっぱりしながら悔い改めることを誓う寅にリリーの声が、「寅さん、寅さん、あたしよ。リリーよ」手ぬぐいをひらりと落とす寅に抱きつくリリー、あやまる寅、許してもらえないと思ってたんだぜ、寅さんあたしそんな女じゃないよ、、、、、、皆を導いて早速宴会をはじめようとする寅が、団子を買いに来たお客に向かって振り返り「だんご?今日は団子はないな~あ」・・・観ている五人は笑い転げた。
話しは進み、リリーの出勤に付き合った寅が帰って来て、おいちゃん、おばちゃん、さくらと博の前で言うには、、、、、ここが名場面の寅のアリアだった。
『おい、さくら、おれ、がっかりしちゃったよ、ゴールデン歌麿っていうからさ、どんなところかと思ったら、ひでえところでさあ、、、、、、、、、あいつ(リリー)に帝国劇場とか、、、、、で歌わせてやりてえのよ、、、、静かに緞帳が開く、“きれいだな、いい女だな、ほらあいつは目なんかぱっちりしてるだろ、はでるんですよ、、、、、、よ!リリー!待ってました! ♪ひ~と~り~酒場で~、観客は聞き入ってますよ、リリーの唄は哀しいからねえ、、、、、、、やがて歌が終わる、拍手、花束、紙吹雪、、、、、 あいつは泣くだろうな、いくら強気なあいつでも泣くだろうな、、、、、、』啓一とお父さんがすでに目から泪を溢れさせていることにたか子が気付いた。美智子に目配せすると美智子も目を潤ませている、たか子はおかしくなってくすくすお腹を抱えた。
そして例のメロン騒動、メロン一切れでの真昼の大騒ぎ、小騒ぎ、最後はリリーがぴしゃりと寅をたしなめると、寅はすねてとらやを出ていく、、、、、田中家も皆が大笑い。
出て行った寅はしばらくして夜になり空模様の怪しいのに心配してとらやに戻る、促されて(立派なから傘)傘をもって柴又駅にリリーを迎えに行く、駅頭で待つ寅を見つけて駆け寄るリリー、二言三言嬉しいリリーと照れ隠しの寅、ここが寅さん最高の相違相愛の相合傘シーン。同じように顔がほころぶお父さんと啓一、それを見て笑うたか子。
ラストへと進んでいく展開、寅が外へ出ているとき、さくらがリリーに二人が仕合せになってほしいという本心を告げてお膳立てをする、リリーは「いいわよ、わたしみたいなオンナで良かったら」そこに帰ってきた寅は煮え切らず、、、、リリーはどうしようもなく「そうよ、冗談よ」と言ってとらやを去っていく、追わない寅、自ら諦めることを納得させる寅、雷の中でさくらにさみしくぽつりぽつりと、、、、こんな二度とない機会を棒に振り、観ている者も限りなく寂しい、、、、

観終わった五人は顔を見合わせた。お父さんと啓一の目が赤かった、たか子がまた腹をねじってクスクス我慢笑い。
「お父さん、やっぱりあの寅のアリアは良かったですねえ」
「うん、ホンマに良かった。寅さんだけに許される愛情表現やな」
「そうです、そうです、あれは寅さんだけに許されます、本当に」
ああでもあり、こうでもありとその後も尽きない感慨のやり取りが二人に続いていつ終わるやらわからなかった。
美智子は、腹をねじらせているたか子を見ながら、啓一の手紙の仕合せを祈り続けるという言葉を思い出し、啓一さんにも許される愛情表現かもしれへんわ、と微かに呟いていた。

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