『フレイザー報告書』こぼれ話(5)

 引用は適宜省略している。また、[ ]カッコ内は訳者による補筆である。

発言者一覧

○土井たか子……衆議院議員(日本社会党)

○松永信雄……外務省条約局長
○木村俊夫……外務大臣

○ダン・フェファーマン……自由リーダーシップ財団(FLF)評議会メンバー。1974年当時は事務局長。

○ドナルド・M・フレイザー……下院・国際関係委員会ー国際機関小委員会委員長

『ワシントン反日デモ事件』を深掘りする(日程篇〈後〉)

 引き続き「日韓関係:1974年8月から9月の出来事の年表」から当時の日韓(および米韓)情勢を見ていこう。太字は訳者により朝日新聞記事から追記した部分。

9月 3日 ー フォード大統領、日韓関係の悪化に懸念を表明する書簡を韓国に送付。
9月 3日 ー 英国・日本・オランダ・米国が国連総会に対し韓国にて国連軍を維持するよう要請。これは、韓国からの国連軍撤去を8月に要求した32カ国の提案に対する反対の動きである。
9月 3日 ー 金永善駐日大使、日本側の捜査には誠意がないと発言。
9月 4日 ー 韓国の軍事法廷が、依頼人で反体制派の詩人・金芝河(キム・チハ)を軍事裁判で弁護していた被告側弁護士に対し、緊急措置解除の前日に起訴、非常事態令の1つに違反した罪で懲役10年の判決を言い渡す。
9月 5日 ー 木村外相、国会演説で韓国が朝鮮半島で唯一の合法的な政府ではないという見解を支持。

『合衆国における韓国中央情報部の活動』下院・国際関係委員会ー国際機関小委員会事前公聴会・付録

 この木村発言もまた国会議事録から長文ではあるが引いてみたい。

○土井委員 いまこの日韓基本条約第三条を、当時この条約審議の外務委員会の席上においても、朝鮮半島における唯一合法の政府は韓国政府というふうな御理解を政府答弁として明確にされているわけでありますけれども、いま私が九月一日現在、国連における状態あるいは世界の趨勢、そういう点から考えてまいりまして、どうもこの日韓基本条約第三条というものは、日本の立場として世界から考えた場合に、事実をゆがめることはあっても、事実認識を正確に持って国際協調主義の上に立って国連の場でお互いの主権というものを尊重し合っていく、そういう本来の立場からすると、もの笑いの種になるような中身を持っておると私は思うわけであります。でき得るならば、この日韓基本条約第三条というものは、世界の趨勢からすればもはや破産をしているわけでありますから、死文化しているわけでありますから、明確に手続上は撤回をすべき条文でありましょう。
 しかしながら、本外務委員会のきょうのこの席上においては、そこまでは無理でありましょうから、せめてこの第三条の条文の中身についての理解あるいは解釈、これをひとつ三十八度線以南についてのみ問題にしているということを御確認いただきたいというふうに私は思うわけであります。いかがでございますか、外務大臣。
○松永説明員 ただいま条約の条文規定についてのお尋ねがございましたので、私からお答え申し上げたいと存じます。
 私ども、現在の韓国ないし韓国政府につきまして、朝鮮半島の全体における唯一の政府であるという認識は持っておらないわけでございまして、南の部分を有効に実効的に支配し管轄している国であり政府であるという認識に立っているわけでございます。日韓基本条約を締結いたしましたときの政府の認識も全く同じでございまして、そのために、そのことを明らかにする目的、趣旨で、まさしく実はこの第三条の規定を設けたわけでございます。
 第三条の規定にございますように「大韓民国政府は、国際連合総会決議第百九十五号に明らかに示されているとおりの朝鮮にある唯一の合法的な政府であることが確認される。」ということが書いてございます。
 この第一九五号決議を見ますると、その第二項に「臨時委員会が観察し及び協議することができたところの、全朝鮮の人民の大多数が居住している朝鮮の部分に対して有効な支配及び管轄権を及ぼしている合法的な政府」云々ということが書いてあるわけでございます。
 したがいまして、私が先ほど申し上げました政府の認識は、この基本条約を締結いたしましたときと全く変わっていないわけでございます。
○土井委員 そうしますと、この韓国との基本関係条約第三条における朝鮮という表現は、三十八度線以南をさしてのみ朝鮮と呼んでいるというふうに理解をしていいわけでありますか。
○松永説明員 ことばとしての朝鮮は朝鮮半島をさしていると思います。しかしながら、第三条でいっておりますこれこれの朝鮮にある唯一の合法的な政府というところでは、南を実効的に支配し管轄している政府であるという認識を明らかにしているわけでございます。
○土井委員 ひとつその点を外務大臣から、第三条の朝鮮について一体明確に、どういうふうなお考えがおありになるかをお聞かせいただいて、次に進みます。
○木村国務大臣 いま条約局長から法律的にいろいろご説明いたしました。私もそのような認識をしております。
○土井委員 もう一つはっきりおっしゃらないところが答弁の妙味であるようでありますけれども、これははっきり、やはり三十八度線以南なら三十八度線以南のあの領域をさしていうというふうに御答弁をひとつ願えませんか、この節、はっきり。
○木村国務大臣 いま御答弁申し上げたとおりで御了解願いたいと思います。

第73回国会 衆議院 外務委員会 第3号 昭和49年9月5日

 要は日韓基本条約締結当時となんら変わらないという認識であるが、北朝鮮に与しかねないこの発言は、朴正煕政権を刺激したであろうことは想像に難くない。(8月19日および同月29日の発言も含めた)木村外相の一連の発言は、日本の立場からすれば決して間違ってはいないが、さすがに不用意の誹りは免れない。
 事実、この発言以降、反日デモはさらにヒートアップしていく。

9月 5日 ー 釜山の日本総領事館で乱入騒ぎ。
9月 5日 ー 木村外相、金鍾泌首相への回答という形で首相親書を出す用意があると発言。狙撃事件を理由に総連規制には応じられぬ、と渡辺次郎公安次長。
9月 6日 ー 韓国、木村発言は伝統的な日韓関係に反するものであり、両国の関係に悪影響を及ぼす可能性があると発表。
9月 6日 ー 上院外交委員会、韓国への軍事援助を削減し1977年までに全ての援助を段階的に廃止することを勧告。
9月 6日 ー 北朝鮮の朴成哲(パク・ソンチョル)[政務院]副総理、朴政権が暗殺未遂を韓国の人々をさらに抑圧する機会として、また南北間の緊張をかき立てる事件として利用したと非難。
9月 6日 ー 韓国人がソウルの日本大使館前でデモ。屋上の日章旗が引きちぎられ、一部の執務室が荒らされ、大使館の車が燃やされ、館員数人が負傷。
9月 6日 ー 日本政府、ソウルでのデモに対し韓国へ正式に抗議を提出。
9月 6日 ー フォード大統領、11月に(19日から3日間)来日の予定と発言。
9月 7日 ー 駐日韓国大使、ソウルの日本大使館での事件について謝罪。

『合衆国における韓国中央情報部の活動』下院・国際関係委員会ー国際機関小委員会事前公聴会・付録

 文世光事件から始まり椎名特使の訪韓で終わる、ひと月少々の日韓関係危機の間、日本国民に最大の衝撃を与えたのが日本大使館乱入事件であった。機動隊が守っていなかったわけではなく、一部のデモ隊が乱入したのは30分足らずであったのだが、割られた窓ガラス、引き裂かれた日章旗、黒焦げになった日本大使館広報館用ジープなど、ビジュアルインパクトは絶大であった。

9月 7日 ー 2人の日本人市民、韓国訪問中に朴政権打倒の陰謀に加担した反朴学生を援助したとして、韓国の刑務所で20年の刑を言い渡される。
9月 7日 ー ソウルの日本大使館前で韓国人の群衆600人が投石デモ。機動隊に対し火炎瓶が投げられる。
9月 7日 ー 午後、 木村外相が後宮虎郎駐韓大使を一時呼び戻して緊急討議。
9月 8日 ー ソウルの日本大使館で反日デモ。
9月 8日 ー 夜に後宮大使がソウル帰任。
9月 9日 ー 午前、 金東祚外相と後宮大使会談。夜、金首相と後宮大使会談。韓国、朴大統領に対する暗殺未遂の罪を認める田中[角栄首相]からの親書に朝鮮総連を鎮圧する約束を添え、日本がソウルに特使を送ることを要求。
9月 9日 ー 韓国人が日本大使館前で約五千人がデモ。木村外相の人形を焼く。
9月10日ー 韓国人が日本大使館前で数千人デモ。
9月10日ー 田中首相、木村外相と協議。親書に関する基本方針は変えないことを確認。誰を特使にするかはまだ決まっていない。
9月10日ー 東郷文彦外務次官、ジェームス・ホッドソン米駐日大使と会談。
9月10日ー 午前11時、日米両政府が11月19日から3日間の訪日を正式発表、日程の詳細は追って詰める。
9月10日ー ワシントン当局者がフォード大統領が日本へ立ち寄った後に韓国を訪問する可能性が高いことを明らかにする。
9月10日ー 天安市で韓国人三十余人が反日の印として左小指を切断、田中首相へ郵送すると息巻く。
9月10日ー 日本は田中の親書を持ってソウルに特使を送ることに同意。
9月10日ー 金東祚外相、後宮大使と再会談、総連規制をなおも要求。
9月10日ー 金外相、9日夜の後宮大使との会談後、エリクソン駐韓代理米国大使と1時間にわたり会談をしていたことを明らかにする。
9月11日ー 韓国人がソウルの日本大使館前で投石デモを実施。
9月11日ー 日本航空、三菱銀行、富士銀行の各ソウル支店前で反日デモ。東京銀行ソウル支店では投石される。
9月11日ー ソウルの日本大使館をダイナマイトで爆破しようとした男2人を通報をうけた警察が逮捕。

9月11日ー 金外相、後宮大使と夜半に2度に渡り会談。
9月11日ー 日本政府、椎名悦三郎自民党副総裁の特使派遣正式決定。親書も当初の金鍾泌首相への返信から大統領宛となる。

9月12日ー ソウルでの反日デモが朴政権によって計画されているという証拠が明らかになる。
9月12日ー 早朝に金外相と後宮大使が会談。田中親書の内容を巡り総連問題で日韓の意見が分かれる。
9月12日ー 午前に田中首相が墨・伯・米・加4ヶ国訪問へ出発(〜27日)。
9月12日ー ソウルの日本大使館前で韓国人が投石デモ。
9月12日ー 朴大統領、金外相らと協議。日本側が歩み寄らない場合は13日午後にも重大発表。
9月12日ー エリクソン駐韓代理米国大使、午後に金首相と会談。

『合衆国における韓国中央情報部の活動』下院・国際関係委員会ー国際機関小委員会事前公聴会・付録

 9月12日、田中首相は外遊に発った。これはもはや親書に手を加えられないことを意味する。日本政府は特使派遣と親書の宛先については韓国政府の条件をのんだが、朝鮮総連規制の明文化については一貫して拒んできた(こぼれ話(4)参照)。親書には総連への規制は書かれていないことは明らかだったが、それでも韓国政府は13日午後に重大発表をするとぶち上げ、日本政府に更なる圧力を掛けてきた。
 また、同日にKCIAワシントン支局から統一教会へ反日デモの依頼が来たとする文鮮明の発言(『報告書』44ページ)を、フェファーマンの証言内容等から信憑性が高いとしたのはこぼれ話(3)の通りである。

9月13日ー 午前9時半から約55分、金東祚外相と後宮大使が会談。進展なしも予告されていた重大発表はおこなわれず。
9月13日ー エリクソン駐韓代理米国大使、午前に盧信永(ノ・シンヨン)外務次官と55分の会談。

9月13日ー 駐韓米国新大使スナイダーの赴任が、予定の16日から14日に早まる。
9月13日ー 米国が極東情勢に関する懸念声明を発表。
9月13日ー ソウルで約14000人の反日デモ。反日デモ隊が日本大使館から100 フィート以内で警察と戦闘を繰り広げる。
9月13日ー 韓国に住む日本人が韓国からの避難計画を立て始める。
9月14日ー午前、雨のソウルで2万人が反日デモ。

『合衆国における韓国中央情報部の活動』下院・国際関係委員会ー国際機関小委員会事前公聴会・付録

 反日デモの決行日はいつ、何を基準に決まったのだろうか。

 フレイザー:デモが行われる日以前に、そのようなデモが計画されていることに最初に気付いたのはいつですか?
 フェファーマン:韓国大統領夫人が暗殺された後、FLFのスタッフ間で数週間、私たちは韓国の状況について話していました。デモのアイデアを検討していましたが、実際にデモを行う決定は、決行日のわずか 1、2日前まで確定しませんでした。
 フレイザー:決行の判断は文師が下したのですか? 
 フェファーマン:私の知るところではありません。
 フレイザー:決めたのは誰です?
 フェファーマン:それはサロネン氏とFLFの指導者たち、そしてワシントンにいる他の人々の間での集合的な決定であったと私は信じています。

『韓米関係調査』下院・国際関係委員会ー国際機関小委員会事前公聴会(1977年8月3日)

 残念ながら証言者の話からデモ決定までの過程は見えてこない。だが、サロネンやフェファーマンらが文世光事件の直後から計画を練っていたということは、統一教会はKCIAの依頼とは関係なく独自にデモを計画していたのではないだろうか? とすれば、翌々日という短期間でデモを決行にまでこぎつけたことは不思議ではない。
 さらにこの時期、文鮮明は前年から全米50州の各都市を廻る「希望の日」ツアーの最中であり、9月18日にはツアーのハイライトといえる、マディソン・スクエア・ガーデンでの講話が控えていた。それまでにデモを決行し、教団の宣伝材料にしたいという思惑は当然あっただろう。
 あと、これは与太話の類だが、数秘術を好む文鮮明が、ホワイトハウスでの田中・フォード会談(9月21日)の7日前を選んだ可能性はある。

 決行日が14日になったことは、結果として安川駐米大使が難を逃れたことを意味していた(こぼれ話(3)参照)。

 フレイザー:日本大使館に対する計画されたデモのタイミングは大使の動きに関連してますか?
 フェファーマン:いいえ、デモは土曜日だったと思います。私はわかりません。大使がそこにいるとは思いませんでした。

『韓米関係調査』下院・国際関係委員会ー国際機関小委員会事前公聴会(1977年8月3日)

 ソウルではこれまでで最大のデモ隊が市内に溢れ、緊迫の度合いが深まってきた中で、ワシントンは9月14日を迎えることになる。

(6)に続く。

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