『フレイザー報告書』こぼれ話(4)

 引用は適宜省略している。また、[ ]カッコ内は訳者による補筆である。

発言者一覧

○石野久男……衆議院議員(日本社会党)
○小谷守……参議院議員(〃)
○田英夫……参議院議員(〃)

○木村俊夫……外務大臣
○町村金五……国家公安委員長
○渡邊次郎……公安調査庁次長

『ワシントン反日デモ事件』を深掘りする(日程篇〈前〉)

 ここで、『合衆国における韓国中央情報部の活動』下院・国際関係委員会ー国際機関小委員会事前公聴会の付録として「日韓関係:1974年8月から9月の出来事の年表」という資料があるので、事件の背景にあった日韓関係を米韓関係を踏まえつつ見ていきたい。
 ちなみに元の年表の作成者であるウィリアム・ガーベリンクは当時フレイザー小委員会のスタッフで、のちにジョージ・W・ブッシュ政権時の在コンゴ駐米大使を務めた。この年表の情報源は、1974年8月・9月のジャパン・タイムズ、ニューヨーク・タイムズ、およびワシントン・ポストであるが、訳者が当時の朝日新聞記事をもとに出来事を追加してある(太字部分。出来事は現地時間)。

8月 1日 ー 韓国のローマ・カトリック司教であるダニエル・池学淳(チ・ハクスン)、朴政権転覆を企てた反朴の学生を支援したとされソウルの軍事法廷へ連行される。
8月 1日 ードナルド・フレイザー下院議員 (民主党、ミネソタ州選出)、朴大統領が自国で人権侵害を行っていることを理由に、韓国に対する2億3,430万ドルの米国軍事援助を、議会が削減または廃止することを提唱。 政権は韓国への援助のいかなる削減にも反対した。
8月 1日 ー 日本の木村俊夫外務大臣、朴政権が金大中誘拐事件の解決に失敗したため、韓国への経済支援に関する日韓閣僚級の年次会合の開催は困難になるだろうと述べる。
8月 7日 ー 韓国人60人が秘密裏に裁判にかけられる。彼らのほとんどはソウルのカトリック学校である西江大学校の学生である。
8月 8日 ー 韓国、学生26人に3年から15年の禁固刑を宣告し、さらに19人を裁判にかけた。彼らは朴政権を打倒する共産主義者の陰謀を企てた罪に問われている。学生たちは、知識豊富なオブザーバーには知られていない組織である全国民主青年学生総連盟のメンバーであるとみなされている。
8月 8日 ー ニクソン大統領辞任。合衆国憲法修正第25条の規定により、フォード副大統領が大統領に昇格することに。
8月 9日 ー ジェラルド・R・フォード、第38代アメリカ大統領に就任。
8月12日ー ダニエル・池学淳司教に15年の禁固刑が言い渡される。1960年に韓国大統領を務めた77歳の尹潽善(ユン・ボソン)、朴政権を転覆させる共産主義の計画に加担した疑いで3年の執行猶予付きの判決がくだる。
8月12日ー 北朝鮮、米軍が韓国に留まっている限り、非武装地帯から軍隊と武器を撤収するという国連司令部の要求を拒否。
8月13日ー 朴政権打倒の陰謀に関与したとして韓国の学生13人が軍法会議で10年から20年の懲役を宣告される。学生たちは韓国クリスチャン学生財団のメンバーである。
8月13日ー 上院歳出委員会・国防費に関する小委員会、韓国へのあらゆる形態の援助を、政府要求の2億3700万ドルに対し約1億2000万ドルに制限する措置を承認。
8月13日ー 上院外交委員会、韓国への軍事援助1億6150万ドルを求める政府提出法案を7500万ドルに削減。
8月14日ー 韓国人36人がソウルで裁判にかけられ、朴の非常政令に基づき死刑判決や長期刑を受けた者の数は年初から数えて194人となった。
8月14日ー 米国イエズス会宣教師会議、ソウル大司教スティーブン・キム枢機卿に宛てた手紙の中で、池司教、他の韓国学生および政治指導者の逮捕と有罪判決に抗議。
8月14日ー 韓国、金大中誘拐事件の捜査を証拠不十分で打ち切ると発表。
8月14日ー 日本政府、金[大中]事件の[捜査]終結に抗議。

『合衆国における韓国中央情報部の活動』下院・国際関係委員会ー国際機関小委員会事前公聴会・付録

 ここまでは、金大中誘拐事件に関して攻める日本政府に対し守勢に廻る韓国政府という構図だったが、翌日の光復節に状況が一変してしまう。

8月15日ー 在日韓国人・文世光が朴大統領を暗殺未遂、朴夫人に致命傷を負わせる。
8月16日ー 在日韓国人の反朴団体である韓青同と韓民統、親朴団体の民団から嫌がらせを受ける。
8月16日ー 韓国の捜査官が、暗殺者を朴の敵である共産主義の北朝鮮、金大中、および日本に結びつけたと主張。捜査官は、男は共産主義者であり、金大中の復権運動に積極的であり、日本は文と彼の所属した組織の抑圧に失敗したと主張した。
8月17日ー 韓国の捜査官が、北朝鮮の金日成主席が朴の命を狙うよう命じたと主張。日米当局者は韓国の証拠に懐疑的。
8月17日ー ソ連、中国、その他30のアフリカおよびアジア諸国、国連軍 (国連麾下にいる38,000人の米国軍) が韓国を去ることを希望。
8月18日ー 外務省、事件は在日韓国人の犯行であり、日本政府に法律的、道義的責任はない、との立場を取り続ける。
8月19日ー 木村外相、日本国内の反韓国的運動を阻止するようなことは出来ないと発言。
8月19日ー 朴夫人国民葬に日本の田中角栄首相参列。夕刻田中首相と朴大統領が会談。
8月19日ー 韓国人が日本大使館前でデモ。

『合衆国における韓国中央情報部の活動』下院・国際関係委員会ー国際機関小委員会事前公聴会・付録

 文世光事件で立場が逆転し、文世光を使嗾したとされる朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)に対し断固たる捜査を求める韓国政府に対し、日本側は、韓国側には消極的と見える捜査に留まっていた。文世光が日本国籍を持たぬ在日韓国人だったため、当初から事態を軽んじていたこともあるが、最大の理由は破壊活動防止法(破防法)の限界があった。その点に関し、国会答弁にて端的に説明されているので議事録から引いてみよう。

○石野委員 大臣にお尋ねしますが、先ほどからお話が出ております朴大統領の申し入れであるこの事件の背景に犯罪集団がある、その集団は在日朝鮮総連だというふうに大体意図されているようですが、これの解体要請が来ているということについて大臣はどういうふうにお考えになっておられるか、大臣の所見をひとつ聞かしていただきたい。
○木村国務大臣 これは団体規制の問題でございますから本来法務省からお答えするのが筋かと思います。しかしながら、いやしくも内政干渉にわたるようなことを韓国政府が考えておるとは私ども考えておりません。
○石野委員 公安調査庁のほうはこの問題についてどういうふうに考えていますか。
○渡邊説明員 お答えいたします。
 今回の朴大統領狙撃事件を理由としていま直ちに特定の団体を規制するというのは法律上困難であると考えております。……元来破防法は、暴力をもって日本の憲法秩序を破壊し、または破壊しようとする団体を規制するための法律でございます。したがって、破防法の定める暴力主義的破壊活動というのは、もっぱら日本の憲法秩序の破壊に向けてなされたものであると考えております。
 ところで、今回の狙撃事件は、現在まで伝えられるところによりますれば、日本の憲法秩序の破壊を企てたものとは認めがたいので、いまのところ破防法による団体規制の問題は考えられない状態でございます。

第73回国会 衆議院 外務委員会 第3号 昭和49年9月5日

 関連して、8月19日の木村発言も国会議事録から引いてみよう。

○小谷守君 おとといからきのうにかけて、韓国は日本に対して、日本は反朴運動の基地になっておると、こういう趣旨の抗議と申しますか、この捜査の問題に関連して日本政府に対してそういう趣旨の申し出があったやに仄聞をしますが、事実でございますか。事実とすればその見解に対して大臣はどういう御所見をお持ちでございますか。
○国務大臣(木村俊夫君) まだそういう申し入れば受けておりません。……まあ、わが国はわが国で政治体制が韓国と当然異なっております。したがいまして、わが国では思想の自由、また言論の自由はきわめて自由に行なわれております。そういうわが国の政治体制の中で、わが国の法令に違反しない限りにおいては、そういうような申し入れがあったとしてもこれを受けるわけにはまいりません。
○小谷守君 このことに関連して在日韓国人の民主的な行動、何らかの規制を求めてきたというふうなことが伝えられておりますが、国家公安委員長としてはどういう御所見でございましょうか。言論の自由、思想の自由を認めておる日本憲法のもとにおいてそういうことがあり得べきことではないと思いますが、国家公安委員長の御所見を伺いたいと思います。
○国務大臣(町村金五君) 申し上げるまでもございませんけれども、わが国におきましては、どんな団体なりあるいは個人の活動でございましても、それが合法的なものである限りにおいては自由であり、これに対して制限をし、あるいは介入をするというような考えは全くございません。

第73回国会 衆議院 決算委員会 閉会第1号 昭和49年8月19日

 田中首相の弔問と朴大統領との会談をもって日本政府は沈静化を図ったが、この外相の発言も仇となり、そうはならなかった。

8月19日ー 韓国人が日本大使館前でデモ。
8月20日ー ソウルの日本大使館前で韓国学生による反日デモ。
8月20日ー 上院歳出委員会は海外、できればアジアの拠点に駐留する25,000人の軍隊の削減を要求。
8月21日ー 韓国人約200人がソウルの日本大使館前で初めて組織的な反日デモを行う。
8月22日ー 韓国は文が北朝鮮から朴を殺すよう命じられたことを自白したと発表。
8月22日ー 韓国人がソウルの日本大使館前で反日デモを行う。
8月22日ー 東郷文彦外務事務次官、狙撃事件に対し遺憾の意を表明。
8月23日ー 日本に朴大統領暗殺未遂事件の責任を認めるよう要求する、ソウルの日本大使館前で5日連続の反日デモ。
8月23日ー 朴大統領、2つの緊急措置を解除:1974 年1月8日の憲法批判または憲法改正要求を禁止した政令第一号と、1974年4月3日の学生の抗議活動を死刑で禁止した政令第四号
8月23日ー 4ヶ月前に罪無く拘留された、韓国の著名な小説家・南廷賢(ナム・ジョンヒョン)が釈放される。
8月23日ー 朴大統領、韓国における全ての反政府デモの禁止を布告。
8月23日ー 下院外交委員会、人権侵害する政府に対し軍事援助の削減や廃止を政府に求める対外援助法改正案を可決。
8月24日ー 金永善(キム・ヨンソン)駐日韓国大使、田中首相に金鍾泌(キム・ジョンピル)首相からの親書を手渡す。
8月24日ー 下院とその他の著名な韓国の専門家が、韓国からの米軍撤退について議論を開始。専門家は朴の予測不能で抑圧的な措置が米国を極東戦争に巻き込む可能性があることを懸念し、これを支持し始める。
8月24日ー 韓国人がソウルの日本大使館前で反日デモ。
8月24日ー 韓国、文世光事件の国内捜査終結を発表。
8月26日ー ソウル市、朴大統領暗殺未遂事件の捜査に対する日本の協力に不満を表明。これは日韓関係に「深刻な影響を及ぼす」可能性がある、と金駐日大使。
8月26日ー 韓国人がソウルの日本大使館前で反日デモ。
8月27日ー 北朝鮮、朴は暗殺未遂犯が北朝鮮の命令下にあったと言って、自分の利益のために南北間の緊張を高めようとしている、と主張。
8月28日ー 韓国国会外務委員会で、日本に対し「国交断絶も辞さず」とする5項目に渡る強硬な決議をおこなう。

『合衆国における韓国中央情報部の活動』下院・国際関係委員会ー国際機関小委員会事前公聴会・付録

 韓国政府は日本側の協力に誠意がないと再三に渡り不満を述べたが、それでも、田中首相弔問の際は反日デモを素早く抑え込むなど、一定程度には抑制していた。ところが、

8月29日ー 木村外相、日本政府は北朝鮮が韓国にとって脅威であるとは考えていないと述べる。

『合衆国における韓国中央情報部の活動』下院・国際関係委員会ー国際機関小委員会事前公聴会・付録

 木村外相の更なるこの発言は韓国政府の態度を一転硬化させるが、ここは国会議事録から正確に引用してみたい。

○田英夫君 ……北朝鮮からの武力的な、軍事的な脅威があるというふうに日本政府はお考えになっているのかどうか、この点を伺いたい。
○国務大臣(木村俊夫君) 北からの脅威があるかないかにつきましては、これは南のほうが判断すべき問題でございまして、日本政府としては、現在客観的にそういう事実はないと、こういう判断をしております。

第73回国会 参議院 外務委員会 閉会後第2号 昭和49年8月29日

 のちに木村外相はこの発言について釈明している。

○木村国務大臣 先般の参議院の外務委員会における私の答弁に説明不足があったことは遺憾でございます。当時、田議員の御質問は、武力による軍事的衝突の可能性を考えるか、こういう御質問でございました。私の率直な考えを申し述べた際に、やや説明不足の点がございました。
 いま南北朝鮮、確かにある程度の緊張が存在することは、これは事実韓国側の判断しておるところでございます。しかしながら、すでに二十年を経まして、いま朝鮮半島におきましてはかつての朝鮮動乱のような大規模な軍事衝突は起こっておりません。その背景には、休戦協定の当事者である国連軍の存在、これを擁護する国連の決議というものが現在現存しております。また、南北間における軍事力のバランスもございましょうし、また朝鮮動乱以後における米韓軍事防衛条約の存在もございます。そういうような背景に加えまして、朝鮮動乱が勃発した当時に比べますと、朝鮮半島を取り巻く国際情勢は非常に変化してきております。まず米中間の緊張緩和、こういうような背景を客観的に見ますと、これは私どもの考え方だけでなしに、アメリカ、国連等を含む国際的な一つの認識でございますが、いまさしあたり北からする朝鮮戦争のときのような大規模な軍事衝突の可能性が、危険が差し迫ってはいない、こういうことを私は申し述べたかったのでございます。そういうような認識を、きわめて説明が不十分でございましたけれども、そのことばの中に意味したものでございます。

第73回国会 衆議院 外務委員会 第3号 昭和49年9月5日

 木村外相の発言は従来からの日本の姿勢を示したものに過ぎなかったが、韓国マスコミが「木村妄言」と煽ったこともあり、火に油を注ぐ格好になった。

8月29日ー 韓国、木村の発言は韓国の立場と矛盾していると述べ、日本が北朝鮮にとって韓国への転覆活動の基地になることを許していると主張。
8月30日ー 韓国、日本に木村発言の説明を求める。
8月30日ー 木村、閣議後の記者会見で北朝鮮・韓国間に軍事衝突の真の脅威はないという彼の見解を繰り返す。
8月30日ー 朴正煕大統領が後宮虎郎(うしろく・とらお)駐韓日本大使に対し、彼の命を狙った企てに関する彼の要求に日本が同意しない限り、両国の関係は急速に悪化し、もはや反日デモ隊の暴力を抑えることができないかもしれないと直に警告する。

『合衆国における韓国中央情報部の活動』下院・国際関係委員会ー国際機関小委員会事前公聴会・付録

 国の首脳が他国の大使に面と向かって恫喝まがいの行為をおこなった、この問題は本来、新聞の1面トップに載るべき重要な出来事であった。しかし、1面には載ったもののトップを飾ることはなかった。なぜなら同日の昼間、三菱重工本社ビル爆破事件が発生したためである。

8月30日ー 韓国外務省筋、朝鮮総連に対し政治的措置を希望。
8月31日ー 金駐日大使、木村外相を訪ね、朝鮮総連の取り締まりを要請。外相は国内法では取り締まれないとの従来の方針を強調。
9月 2日 ー 金東祚(キム・ドンジョ)韓国外相、後宮大使に「朝鮮総連の制圧」を要求する覚書を手渡す。
9月 2日 ー 金外相、後宮大使との会談後、リチャード・エリクソン駐韓臨時米国大使とも会談。

朝日新聞記事を基に作成

 朝鮮総連の扱いをめぐる日韓両政府の攻防は交渉の最後まで続くことになる。

(5)に続く。



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