徒然物語40 禁術

ふむ。印の結び方は完璧に覚えたでござる。

男は隠里の忍者だ。
ただし、実力は下の下といったところで、ぱっとしない、雑用任務ばかり押し付けられる毎日だった。

しかし、男には野望があった。

いつか拙者も、将軍様の影武者とか、敵大将の暗殺とか、諜報活動とか、重要な任務に就いてやるでござる!

ところが男は、立派な執念とは裏腹に、肝心な修行はすぐに怠ける癖があった。

このままでは、上の連中には追い付けない…何か、即効性の高い忍術はないか…

男は熟考の末、里の蔵からある書物を盗み出した。
そこには使用を禁止された数々の忍術が記載されていた。

これがいい。

書物を一通り読み終えた男は、ある忍術の会得を決めた。

“分身の術“だ。

分身の術を使える者は、里の上級者の中でも数えるくらいだ。
この術を習得すれば、里の誰もが認めてくれる。
それくらい、長い年月と厳しい修業が必要な忍術だった。

しかし、この書物に書かれているやり方を実践すれば、いとも簡単に分身の術が手中に収まる、らしい。

こんな方法があったとは…印を結ぶだけではないか。
里はなぜこの方法を禁術にしたのだ?こんなに楽なのに…
まあ、いい。これで、拙者を見下してきた連中を見返してやる!

男は試しにとばかりに、覚えた印を結んだ。

ドロロン!!

煙とともに、眼前にもう一人の男が出現した。
後ろを向いていて、顔は見えないが、背格好は男と瓜二つだ。

分身の術はいとも簡単に成功したのである。

やった…やった!…でござる!

上位の忍者たちは、生み出した分身を意のままに操ることができる。
男は想像以上の成果に興奮しつつ、分身に話しかけた。

「おい、もう一人の拙者よ。こっちを向いてみよ。」

呼吸が早くなるのを感じる。
しかし、分身は振り向く気配がない。

「…聞こえなかったのか?こっちを向けと申しておる!」

今度は強めの口調で叫んでみる。

すると分身は、ゆっくりとこちらを向いた。

その顔には不敵な笑みが張り付いていた。

分身はさも愉快そうに、こう吐き捨てた。

「ククク、愚か者が。この術がなぜ禁術になったか、ろくに調べもせんかったようじゃな。この術を用いると、本人が分身に乗っ取られるからじゃ。じゃから、賢い忍共がこの術を封印したんじゃ。じゃが、お前さんは、手っ取り早く、楽して出世しようなどと考えたもんじゃから、この術の危うさにとんと気付かんかった。なんとも、マヌケな奴よ。」

そう言って、ケラケラと笑う。

こいつ…何を言っているでござるか?
印の結びを少し違えたか…?

言うことを聞かない分身には消えてもらおう。

しまった…解除の仕方がわからない…でござる…

男は焦りで、全身から汗が噴き出すのを感じていた。

「やはりマヌケよ。では、ワシは久しぶりのシャバの空気を楽しませてもらおう。お前さんは邪魔じゃから、もう消えろ。」

そう言うと、もう一人の自分は解除の印を結び出した。

やはり、簡単に一流の忍びになる方法なんて・・ムシが…良すぎたで…ござる…か…

だからって…こんな…待って…くれで…ござ…る…

消えゆく意識の中で、声にならない声が漏れた。


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