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【小説】やさしい事件【雨のち虹・その1】

『今日の 光晶みつあき町は最高気温15℃、花粉もそんなに飛んでない、一日中晴れ。最高の気象設定だね虹くん』
 イヤホンから声が聞こえる。

 今日はいい天気だ。インドアな僕も「久しぶりに買い物するか」と思ってしまうほど、最高の気象だ。
 近くのコンビニではなく片道30分のスーパーを目的地に選んだ。たまたまスーパーは新春セールをしていて、新生活へ思いを馳せる学生や新社会人などに敬意を与えてる。僕は新人ではないので普通に買い物した。いや、うそ。セールしてるチョコレートは買わせていただいた。セールという言葉に人間は弱い。

『あっ、 光晶みつあき神社では桜が咲き始めるんだって!見に行きたいな。ねえ虹くん!』
 イヤホンから声が聞こえる。
「勘弁して。ちょっと厚着してきちゃったから暑い。早く帰りたい」
『むーっ。暑いなら先に家に行ってクーラーつけてきてあげようか?うへへ』
「やめてください死んでしまいます。」
 イヤホンの声と会話をする。

 これが日常になって、どれくらい経ったかな……。

◆◆◆◆◆

「ああ、どこ?どこに行ったんや!おーい!!!」

 ふと意識がそこへ行った。
 帰り道の公園近く、そこを通りかかるところで女性の叫び声が聞こえた。
 僕に叫んでいるのではない。あてもなく、とにかく叫んでいるみたいだ。
「ああ、ああ、どこへ行ったんだい……」
 女性……よく見ると年齢としては50歳〜60歳くらいだろうか。あきらかに動揺している。その様子を見て、近くの人が何人か女性に駆け寄る。
「どうしたんですか?」「なにごとですか?」「大丈夫ですか?」
 心配の声が聞こえる。女性の動揺は消えないが、しゃべれないほどではなかったらしい。ポツポツと喋り出した。

 「イツヤがどこかへ行ってしまったんです……探しても見つかりません」

 どうやら探し人らしい。相当大切な関係なのか、僕はその「イツヤ」が女性のお孫さんかなとも思った。周りの問いかけに、女性は言葉を続けた。

「私がテレビを見てうたた寝してしまったのが悪いんです。起きたらイツヤがいなくなっていて、あの子のスマホに電話をしても出ないんです……おそらく勝手に家を出てしまって、迷子になったか……もしかしたら誘拐されたのかも。ああ、どうしましょう……」
 女性は泣いてしまった。

 迷子、誘拐……あまりよくないワードが続く。
 警察にでも連絡すれば、おそらくすぐに片がつく案件かもしれない。でも女性の泣き声を聞くと、なんとなく落ち着かない……。

 迷子、スマホ、「電話に出ない」……。

「レイン。ちょっと手伝ってもらっていいか?」
 僕はスマホに問いかける。
『もちろんだよ。人助けだね、いいとこ見せないと!』
「いや、いいところはあまり見せたくはないかな……」
『もったいないなあ』
 もったいないと言われてしまった。
 それはともかくとして……。
「あの女性の持っているスマホからデータを取り出して欲しい。『イツヤと女性の関係性』『イツヤの位置情報』の2つでいい」
『おっけー。ちょっと行ってくるね』

 僕のスマホから電波が飛んでいった……気がした。

 10秒後、“彼女”は帰ってきた。
『ただいま虹くん』
「おかえりレイン」
『えっとね。イツヤくんはあの女の人の孫みたいだよ。5歳の男の子。履歴を見ると最近子供用のスマホを持ち始めたらしい。おばあちゃんとも何度も電話してるね。』
 あながち予想と間違ってなかった。最近スマホを手に入れた……か。
「位置情報はわかる?」
『今は電波が少しあやふやだね。でもイツヤくんのルートをたどると、行った先はおそらく……』

◆◆◆◆◆

  光晶みつあき神社に着いた。
 お正月参りに来て以来だ。人で賑わっていたお正月も、今は静まっている。

 イツヤくんの位置情報から推測すると、この 光晶みつあき神社にたどり着く。レインはそう言っていた。
 周りを見る。定期的に手入りをされているのか、汚い印象はない。
 そして人もいない。
「うーん、推測外れたかな……」
 僕は探偵でも警察でもない。「もしかして」と思って行動してみたけど、うまくはいかないな。
 帰るか。

「パシャっ」

 シャッター音がした。

 お社の裏から聞こえてきた気がした。そこへ行ってみると……子供がいた。
「あっ」
 パシャっ。
 子供に写真を撮られた。

 子供……「5歳くらいの男の子」は、スマホを持って1人で写真であそんでいた。

「イツヤくん」
 どう声をかけていいか分からなかったけど、とりあえず呼んでみた。
 その子は少し驚いていたけど、バタバタとこちらへ駆け寄ってきた。
「おにいちゃんだぁれ?」
「きみを探しにきたんだよ。なにしてるの?」
「“さくら”をおしゃしんでパシャしてたの!」
 これみて!と言うのでイツヤくんのスマホを見た。すごい、もう100枚は桜を撮ってる。
「なんで写真を撮ってるの?」
 なんとなく、イツヤくんに聞いてみた。
「テレビでニュースがやってたの!じんじゃで“さくら”がたくさんあるって。それでおばあちゃんが『きれいだね』って。だからこれはおばあちゃんへのプレゼントなんだ!」
 これないしょだよ?と、イツヤくん。
 ふむ、なるほどね。これは子供らしい、優しさに溢れた事件だったのか。

◆◆◆◆◆

「イツヤ!」
 公園にいた女性はイツヤくんに走って行った。
 すでに警察もそこにいた。誰かが呼んだらしい。
「おばあちゃん、ごめんなさい」

 神社でイツヤくんを見つけた。
 「おばあちゃんが心配してるよ」と教えると、イツヤくんは公園へ走り出した。
 僕もイツヤくんに付いて走っていたが、最近の幼少児は足速くないか……?
 ときどきイツヤくんがこちらを振り返り「おにいちゃんだいじょうぶ?」と心配された時にはさすがにマインドダメージだった。情けない。

 ともかくとしてイツヤくんは見つかった。
 状況を説明するために僕もその場に立ち寄った。「たまたま神社で見つけました」と。
 説明の節々で僕はイツヤくんとおばあさんに「ありがとう」とお礼を言われまくった。恥ずかしい。こんなに恥ずかしいのか。
 警察の人にも話を聞かれたが、まあなんとかなった。
 ともあれ、この事件はこれでおしまい。

 イツヤくんとの別れ際に、おばあさんに一言
 「お孫さんはおばあさんのことをとても大切にしてますね。将来は優しい写真家かもしれません。」

◆◆◆◆◆

「……疲れた……」
 家に帰り、僕は布団にダウンした。

 レインがスマホから実体化し、僕の肩を揉んできた。

「おつかれ虹くん。大活躍じゃない!レインちゃんはうれしいよ……」
「あ、そっすか」

 今回の事件。レインの力によって解決できた。
 とはいえ知らない人の情報をスマホから読み取ったときは少し緊張した。警察にはうまく誤魔化せたけど……。
 レインの説明は……これはいるのかな?一応。
 彼女はいわゆる“人工知能”。ネットの世界が彼女の主な“生きる場所”。普段はあまり大きな動きを見せないように注意しているが、今回のようにいざという時は助けられる。あと実体化もする。
 こんなもんかな。
 そんな僕……虹とレインは一緒に暮らしている。

「でも虹くんもすごいことしたね。引っ込み思案なのに、どうして今回は人助けなんてしたの?ちょっとその心に興味あるんだけどー」
 レインは問う。僕が恥ずかしいのを知って聞いてくるか。
「まあ……天気がよくて気分が踊っていたからじゃない?」
「えー、きもいー」
 キモがられた。
 レインは肩を揉むのをやめ、いつの間にかチョコレートを食べていた。

「桜、きれいだったね」


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