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【小説】ギターと工具と想いと【雨のち虹・その2】

「ごめん虹くん。もうちょっと待ってくれないかな?まじごめんね」

 パソコンの通話アプリから聞こえる声は馴染みのあるもの。
 ゲームクリエイター(そんな大したものじゃない)である僕は今、同じ制作仲間である彼と話をしている。

「いや、もう締切から1週間くらい経ってるんだけど……」
「ホントごめん!あと3日……いや、1週間くらい待ってくれれば完成させるから!」
「うーん、でもお前、フェイク……」

 僕とフェイクの関係はゲーム制作の協力者。
 フェイクには僕が作るゲームの音楽を担当してもらってる。僕は音楽をききながらゲームのアイディアを出す傾向が強いので、彼の音楽にはとても助けられている。
 いつもならすぐにでも音楽を作ってくれるはずのフェイク。今回も素材の受注を頼んでいたのだが、なかなか完成しないらしい。

「フェイク、何か悩みでもあるのか?なんなら聞くけど」
「いや、ホント今回はサボってるというか、手が進まないというか……ほら、“スランプ”ってやつ。迷惑かけてるのは分かるけど今回は許してほしいな!」
 快活にしゃべるフェイク。
「まあ、それならしょうがないか。早くスランプから抜けられるといいな」
「マジごめんねー!」

 通話はここで切れる。

「スランプ……ねえ」

 “らしくない”。
 通話ではあんな感じにしゃべっていたが、実際何かある気がする。
 彼はスランプすら乗り越えるほどのモチベの高さというか、志が強い。まあフェイクも人間だからスランプは起きるかもしれない。しょうがないかもしれない。

 だが……

「レイン、いるか?」

◆◆◆◆◆

「……スランプか。ボクらしくないなぁ」
 虹くんとの通話を終え、1人の部屋、天井を見る。
 ボク……フェイクはそんなに弱かったのだろうか。
 弱かったのかも。
 ボクはこれでも今の自分は割と気に入ってる。
 昔は引っ込み思案、陰キャラ、根暗……ボクは自分が嫌いだった。
 今は割と好きだ。学校から解放されて、親しい友達ができて、音楽ができて。

 音楽…

「……ちょっと持つか」
 手を伸ばして届く位置、いつも見える場所に“それ”はあった。
 ギター。
 それもかなり古い型だ。

 少し弾いてみる。ジャーン。
「やっぱり音が悪くなってるな……」
 このギターのように、ひょっとしたらボクはこれから朽ちていくのだろうか。

 モチベが、上がらない。。。


「ずいぶん古いギターだね、フェイクくん」

そこにはレインコートを着た女の子がいた。

「うおっ、レインちゃん!こんばんは。どうしたの?」
「こんばんは!いや、どうしたってことではないんだけど……」

 レインちゃんは虹くんと住んでいる人工知能……ということだが、ぶっちゃけ人間とそう変わりないとボクは思ってる。
 特異点があるとすれば、例えば今回みたいにインターネットをたどって人の回線を通じてここに来ることができる、とか。

 ……でも

「珍しいね。人の回線を通って“ワープ”するのは控えてるんじゃなかったの?」
「うん、虹くんが許可してくれたんだ。『フェイクのところに行ってこい』って」

 虹くんが……。
「もしかして、ボク心配されちゃってる?大丈夫だよ、1週間のうちに音楽作るから」
「いや、それは今はいいんだよ」
「あー、じゃあもう一緒にゲーム作るのを断りにきたとか……?」

 ……いけないな。なんかネガティブになってる。

「フェイクくん、いつもと違ってなんか落ち込んでるみたい。大丈夫。虹くんのゲームはフェイクくんなしじゃ作らないよ。それよりも、フェイクくんの悩みを聞いてこいって虹くんが言っててね」
「悩み?ボクに悩みはないよ。今日はちょっと調子が悪いみたいで……ごめんねレインちゃん」

「……ほんとうに?」

 間近で対面しながらそう言われると、やっぱり弱いな……。
 虹くん、レインちゃんをつかうのうまいなあ。

「……悩みがないわけじゃない。というか、困ってる」

◆◆◆◆◆

「フェイクの両親は、彼が子供の頃にどっちも亡くなってるんだよ」

 わたしは虹くんからそう聞かされた。

 先ほどフェイクくんの家にネットを通じてお邪魔して、そしていろいろ聞いてきた。

 彼は母の遺品であるギターが壊れてしまって悩んでいた。

 両親を思い出すツールとしてギターを受け継ぎ、たまに弾いていたらしい。
 しかし経年劣化は起こる。
 「ギター屋さんでギターは治せないの?」とわたしは聞いた。

 母のギターを治すのは、父の役目だった。

「まあこだわりが強いと言えば強いが、形見のギターを治したくても誰にも触らせたくないのもあるのかもしれない。わからないけど」
 虹くんは言う。

 ギターを治す。新しいギターを買う。それか捨てる。

 フェイクくんは今もどうするか色々考えてるんだろうか。
 音楽が作れない理由も、わかった気がする。

 スランプなんてものじゃないのかもしれない。

「このままじゃフェイクくん、一生音楽作れなくなったりするんじゃない?わたし心配なんだけど……虹くん」
「でもどうする?ボクもなんとかしたい気持ちはあるけど、正直詰んでる。ギターを治してくれる人は、もうこの世にはいないんだから」
「うーん……」

 でも、なんとかしたい。

「本当に、なんとかならないかな……。わたし、できることならするよ!」
 わたしは虹くんに頼んだ。

「……ちょっと危ないけど、レインが手助けできるならできないことはないかも、しれない」

◆◆◆◆◆

 自室、1人天井を見る。

 数日が経った。虹くんとの締切も迫っているが、ボクは音楽が作れないでいた……。
 ボクは母の形見であるギターを捨てようかと思っていた。
 このギターを治せるのは父のみ。本当はギター屋さんとか探せば治してくれる人はいるだろう。
 これはボクのこだわりだ。誰のせいでもない。このギターを治せるのは父だけ。

 しかしこのままにしておくと、ボクは何もできない。
 いっそ捨ててしまった方が、“呪いのギター”からはおさらばできる。

「呪いのギターか……こんなことになるなんて」

 ピンポーン。ピンポーン。

 玄関のベルが鳴った。誰だ?

笛口ふえぐちさーん、配達でーす!」
 配達?
 頼んだ覚えはないんだけど……なんだろう?

 段ボールを受け取った。少し重い。

 中には“工具”が入っていた。“笛口”という名札が付いていた。


「これ、は……」

「お父さんの工具だよ、フェイクくん」

 レインちゃんがそこにいた。

「この前、虹くんと考えたんだ。ギターを治せないかって……フェイクくんを元気付けられないかって」

 工具は使用感があった。
 でもそれを持つとなぜか、落ち着いた。

「お母さんのギターを治せるのはお父さんだけ。でも今はいないんじゃ詰みじゃないかって……でもそれだったら……」

 それだったら……

「フェイクくんが治せばいいじゃないかって!だから探したんだ。ネットを通じてフェイクくんの事情を調べて手がかりを探ったの。お父さんの工具は実家にあったんだけど、おばあさんに連絡したら送ってくれるって言ってくれて」

 ボクが治す……?

 母のギターは父しか治せない。

 もう詰みだ。

 だから捨てようって、思ってた。

 呪いのギターを。

 ……でも、もし許されるなら

 そんな母と父の子供であるボクが治すのは

 それは、どんなにか……

「ばかみたいだな……ホント」
「うん?」
 ボクは独り言のように言った。
「うーん、エモい、いや、バカみたいだな!まったく、こんなことでずっと悩んでたのかボクはー!そうだ!誰にも治させる気がないなら、ボクが治せばいいんだ!あーなんで早くに気づけなかったんだろう。全く、ばっかみたいだなー!!!」
 何かが吹っ切れたような、ちょっと興奮気味というか……そんな感じ!

 レインちゃんがポカーンとした顔でこっちを見ていた。でも少し微笑んだ感じに聞いてきた。

「どう?音楽作れそう?」

◆◆◆◆◆

「作戦大成功だよ!虹くん!」
 帰ってきたレインが小躍りするように部屋を行ったり来たりしていた。

 フェイクを元気づけられたらしい。よかった。

 いや、本当に良かった。変な方向に行かずに。

 正直ちょっと心配していた。もしお父さんの工具を送ったことをフェイクが“心外だ”とでも捉えたら、それはマイナス効果になると思っていた。
 他にも、レインを頼ってフェイクの周りを調べたことも。インターネットを使って個人情報をたどりにたどったので、もしこれがバレたらどうしようかとも思った。

 まあ、うまくいったのかな……。
 僕もなんだかんだフェイクとは長い付き合いだ。彼を信じてこういうことをしたが、成功して良かった。

「で、音楽は作ってくれるって?」
「えっとね。それはもうちょっと待って欲しいって。先にギターを治す勉強をしたいんだって!」

 ギターを治す、か。僕は専門じゃないからわからないけど、たぶん時間がかかるだろうな。でも彼なら難なくやり遂げそうだ。

 もう少し待ってみるか。

「あっ、そういうばフェイクくんが虹くんに言伝を頼まれてたんだ」
 レインがそう言う。

「『ボクに治させるという発想は素晴らしいけど、その発想に至ったってことは虹くんも結構、おこですな?』だって。どう言う意味?」



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