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【食】街の手帖 R あとがき

日の出食堂/西中延

きのうのひと口。

『街の手帖 READING』の原稿を書くために、蒲田から池上線の五反田行き、始発電車に乗って日の出食堂を訪れたのは、3月13日のこと。そう、それからまもなくはじまる自粛生活に、訪ねることなく早四カ月も経ってしまう。今年はこんなことが多い。

きのう発行された、自分の書いた随筆が載っている『食楽』を手に、ひさびさに訪ねたのは、12時40分過ぎ。先客なし、おかあさんひとり。おとうさんは、配達かな。

ひとまず、おかあさんにあらためてお礼述べて、ビール。アサヒかキリン。キリンで。

聞くところによると、ちょっと前までおかあさんは入院していたんだとか。心配していると、ほかのひとから、いや、店にいたよ。とのこと。以前も「転んじゃって」なんて言ってたから、また、転んじゃったの?と訊くと、脳梗塞だったそう。麻痺も後遺症もなく、おかあさん元気に働いていましたが、ちょっと吃驚しました。

さて、ビールにマカロニサラダが添えられたけど、なにか頼まなきゃ。

「肉巻にんにく揚げください」

・肉巻にんにく揚げ 400円

なんにも考えずに、食べたいものを頼む。ま、それでいいんだけれど、昼間っからにんにく臭い酔っぱらい、か。考えなすぎ。

ビールからウーロンハイ。

この、肉巻にんにく揚げ。大根おろしが添えられるので、それで醤油か、醤油を直にかけるか、塩か、テーブルにはポン酢もある。6カケもあるんだ、ゆっくり考えよう。

扇風機の風をうけながら、『食楽』を繰る。

わたしが書いた『自分史上最高のビール』は、わたし以外に作家、文筆家、ミュージシャン、発酵デザイナーの4人が執筆。はじめの川上弘美さんから、順に読んだが、この顔ぶれのなか、なんとか埋もれることもなく。これも、落語や師匠のおかげです。そして、わたしもふくめて、みなさんビールはほろ苦いんだね。

おとうさんが帰ってきて、またお礼。
「あれ読んで、来てくれるひとが多いんですよ、ありがとうございました。」
いえいえ、お礼を述べるのはこちらのほうです。

いなごをつまもうか。

「いなごの佃煮」

「あっ、きっといなごないや」

「なら…数の子わさび」

おとうさんとおかあさんとお話ししながら、時々『食楽』。あとから、お客さんがひとり。あじの天ぷらを定食でー。ハイ。ほどなくして供されたあじの天ぷらに「あれ?フライじゃなかったっけ?」えぇ、たしかにわたしの耳にも、天ぷらって聞こましたよ。どうなるかな、と気にしていたら。「ま、天ぷらも好きだから、いいや」って。だから、天ぷらって、言いましたから。

「すいません、ハイサワーに片目カレー」

・片目カレー 500円

ふだんごはんを食べないんだけど、先日、洗足池たこ焼笛吹のイゴーさんが食べる、日の出食堂のカレーを見ちゃったから。食堂のカレー、好きなんだよな。カレーにハイサワー、夏です。で、やさしい味のカレーに、おもむろに肉巻にんにく揚げをくぐらす。こういうことやってる時の、自分の顔を見てみたい。口に入れて、思わずむふっと笑う。想像通りなんだけど、想像通りに想像を超える。そして、カレーにはソースをかけるか、醤油をかけるか迷う。どうしてこうも、下品な味が好きなんだろうね?とイゴーさんに言うと、「下品じゃないの、東京の下町の味」ものは言いよう。

日の出食堂。

幾久しく…とは、当然いかない。仕方がない。でも、ゆっくり、長く、そこに在ってほしい。
また、やさしさに会いにいきます。

書くことは、落語を演るのと同じように好きです。 高座ではおなししないようなおはなしを、したいとおもいます。もし、よろしければ、よろしくお願いします。 2000円以上サポートいただいた方には、ささやかながら、手ぬぐいをお礼にお送りいたします。ご住所を教えていただければと思います。